異空間の旅・精霊の国-2
「光の精霊に渡せば確実だろう。心配無用だ!」
ブラストは豪快に笑いながらも、小さな二人の腕をつかみ門から遠ざけようとする。
「・・・きょ、教官?」
「おい・・・」
アレスもカイもその腕の強さに戸惑い顔を見合わせている。
「いいから次行くぞ」
「はい・・・」
アレスが精霊の門を振り返ると彼女たちの姿はなく、わずかに見えたのはぼやけた美しい大自然の景色だけだった。
(キュリオ様が"慈悲の王"で、たしか精霊王は・・・"夢幻の王"だったはず。二度と戻れないとされる精霊の国。惑わせる精霊に夢と幻・・・か)
「教官、精霊王の神具とはどのようなものかご存じですか?」
ブラストは腕をつかんだ腕をそのままに瞳だけをアレスへと向けた。
「恐れ多くて俺には答えることもできんな・・・アレスお前は現在の精霊王がなぜ第一位の王かわかるか?なぜキュリオ様が二位なのかを考えたことはあるか・・・?」
「・・・・」
おおよその見当がついていたテトラは黙ってブラストの言葉を聞いている。話についていけないカイは”?”と首を傾げて皆の顔を見比べている―――
――――
風の精霊よりも遥か前を移動するのは光の精霊だった。
彼女は精霊王にとても忠実で、人間に対して危害を加えたことは一度もなかった。
どこまでも続く巨大な樹木の森を抜け、黄金の大地をさらに奥へと進む。そしていくつかの清らかな小川を超えると・・・やがて見えてきたのは大きな木々に囲まれた精霊王の住まう壮大な神殿だった。
光の精霊が神殿に近づくが彼女が探している王の気配は感じられず、風が木の葉を揺らす音が聞こえてくるだけだ。
『・・・』
しばらく考えた様子の光の精霊は、思い出したようにさらに奥にある湖のほとりを目指した。
精霊の国は建造物のようなものがほとんどない。あるのは王の神殿くらいで、ここでは大自然がありのままの姿を保ち・・・それらに宿った精霊たちが思いのままに日々を過ごしていた。
光に反射した湖面を揺らすのは樹齢数千年と言われている、ひときわ大な樹木から落ちるのいくつもの葉たちだった。
そして・・・
光の精霊が見上げると・・・金の長い髪を風に揺らし、遠くを見つめる精霊王の姿があった・・・。
『・・・王』
彼女の小さな言葉に気が付いた枝の上の青年は、物憂い気な表情でゆっくりと・・・振り向いた―――
「現精霊王が・・・千年王だからだ」
ブラストの声が直接脳に響き渡るようにアレスの思考を激しく揺らす。
「せ、千年王って・・・ただの伝説ではないの、ですか・・・?」
「まぁ、それくらいの頻度でしか現れないと聞いている」
二人の会話を聞きながらもカイはよく理解できておらず、テトラたちの袖をひいて説明を求めた。
「千年王って?」
「そうだね・・・」
ややためらいを見せたテトラに代わり、もう一人の青年が前にでた。
「王の寿命は長い。その力に比例して生命も長くなると言われているのは知ってるな?」
「そのくらいは・・・」
在位五百年を超えたキュリオが第二位ということは実力も二番目ということであろうことはカイにもわかっていた。しかし"ゼロの領域"である彼を上回る者がいるということがあまり実感がない。一瞬にして大地を駆け巡り、悠久全土にその力を行きわたらせることが出来る程の力の持ち主の上をいくというのはどういうことなのだろうか。
「いまの精霊王は齢千年をこえている。その彼の力がどれほどのものかなど誰も知らない・・・その真の強さを知ることが出来るとしたら・・・」
「したら・・・?」
カイはあまりの緊張に咽喉がからからに乾いていた。想像を絶するような天上での話に気が遠くなりそうな違和感を覚える。
「それは戦いの時だ」
さらりと言ってのけた彼は涼しい顔で恐ろしいことを呟いた。真っ青になる幼い二人を見てテトラが肘小突くように彼を咎める。
「僕は本当のことを言ったまでだ」
ツーンと顔を背けた青年は次の目的地へとすたすた歩きだしてしまう。しかし、まだショックを受けているらしいアレスはカタカタと震えだしその場から動くことが出来ない。
「千年王の精霊王・・・すべての力の源と言える精霊を統べる彼がもし争いを起こしたら・・・」
物騒なことを呟いたアレスをブラストが顔を覗きこんだ。
「アレス、物は考えようだ。精霊王はこの長い時の間、何も起こしていないだろう?」
「は、はい・・・そのようなことを聞いたことはありません」
「な?それだけ温和な王様だってことさっ!!もしその気ならとっくに戦争でもなんでも起こしてると思うぞ!!」
ガハハと笑いアレスの背中を叩いたブラスト。
アレスの顔を上げされる為に言った言葉だが、精霊王がどんな人物なのか誰にもわからなかった―――