明星ロマン-5
「やめておいたほうがいいと思いますけどねえ」
「大丈夫です」
「誰が見てるかわからないし」
「いいんです」
彼女が申し訳なさそうにしているのを見て、室井はそれ以上なにも言えなかった。
それに彼には下心もあった。この状況に便乗して彼女とそういう関係になれないものだろうか。
悶々とふくらんでいく妄想をそのままに、間もなくタクシーはラブホテルの駐車場に進入した。
室井は料金メーターを見てから首を後ろにまわし、
「お金は結構です」
と良心的に言った。
「そういうわけにはいきません。ちゃんと払います」
バッグから財布を取り出す彼女。それを室井が手で制した。
「私が勝手にお客さんをここまで連れてきた、だから料金は発生しない、とまあ、そういうわけですよ」
「けど……」
「ストーカーの彼もさすがにここまでは追って来ないでしょう」
それだけ言うと室井は彼女だけを残し、退散しようとした。その直後だった。
「一緒に来てください」
彼女が大胆なことを口走るので、室井は耳を疑った。
「いいえ、そういう意味じゃなくて、何か冷たいものでも飲んでいきませんか?」
「そうですね、いやあ、そうですよねえ……」
口ごもる室井。場所が場所である。
「やっぱり奥さんに叱られちゃいますよね」
うむ、確かにそれはある──室井は妻の顔を思い浮かべた。般若の能面よりもおそろしい顔だった。
まさしく美女と野獣を天秤にかけているようなものである。だが迷うまでもなかった。
「コーヒーで一服するだけなら」
いつの間にか室井はそう言っていた。
果たして二人は合意の上でタクシーを後にする。