明星ロマン-4
「話は戻るんですが」
と室井はことわった。
「お客さんみたいに綺麗な人だと、まあその、男性につきまとわれるっていうんですかね、そういうことがよくあるんじゃないかと思いまして」
「ああ、ストーカーのことですか?」
はい、と横顔でうなずきつつ、室井は彼女の脚をちらりと見た。
薄暗い車内にいるにもかかわらず、その抜群のプロポーションを目で捉えるのは容易である。
若者の流行についてはよくわからないが、彼女がミニスカートの中に穿いているのは、おそらく下着ではないようだ。
確かショートパンツとかいったかな──乏しい記憶をたどりながら室井はバックミラーを何度も確認した。丸みを帯びた太ももの虜になった。
「前はいい人だったんです」
ぽつりと彼女は言った。
「結婚も考えていたのに、どうしてあんなふうになっちゃったのか……」
「まさか、暴力を振るわれたりしたんですか?」
「そんなこともありました」
ひどい話だな、と室井は口を曲げた。
「あたしがいけないんです。別れ話を切り出すのがこわくて、ずるずると先延ばしにしてたから、こんなことに、こんなことに……」
台詞の後半は声が消え入りそうだった。しかし泣いてはいないようだ。
「その彼とは、今もお付き合いを?」
黄色の点滅信号をくぐりながら室井はたずねた。
いいえ、と彼女。
「彼に黙って別のアパートに引っ越したのに、いつの間にか住所を突き止められて、それでまた振り出しです」
うんざりした口調で彼女が言うので、
「気味が悪いですね」
と室井も同調した。
綺麗な女性にはいつでも笑顔でいてもらいたい。だからストーカー行為は絶対に許せないと、そう思う。
「自分がもう少し若くて体力があれば、その彼を捕まえて警察に突き出してやるんですけどねえ」
「お気持ちだけいただいておきます」
「そりゃあもう、気持ちだけなら誰にも負けません」
車内に二人の笑い声が響いた。つまらないと思っていたタクシードライバーの仕事が、少しだけ好きになった瞬間だった。
速度制限の標識を横目に、室井はゆったりとアクセルを踏み込んでいく。
すると、
「ちょっと止めてください」
と彼女の声が。
室井はブレーキを踏んで速度を落とし、
「どうかされましたか?」
とタクシーを停止させる。
「今夜はあそこのホテルに泊まります」
そう言って彼女は後方を指差した。
「いいんですか?」
と室井。
彼女は恥ずかしがって何も言わない。
「ラブホテルですよ?」
室井が念を押すと、ようやく彼女は小さくうなずいた。