明星ロマン-19
ホテルを出て、数時間ぶりにタクシーに乗り込む。
夜が明けきっていないので、そんなに目立つことはないだろうと思われた。
次の約束はとくに交わさなかった。
彼女をアパートの近くで降ろし、さよならをして、明け方の道をどこまでも行く。
信号待ちの交差点で、ふと空を見上げてみると、おぼろげに星が輝いていた。
もう何度も遭遇した明星だが、今日の輝きにはいつもとは違う官能的な美しさがあった。
朝陽が昇れば消えてしまう、その金星を横切るように、一匹の羽虫がひらひらと飛んでいく。
ちゃんと墓参りに行かなきゃな──不思議な感覚にとらわれながらも、室井はしっかりと指差し確認をしてからアクセルを踏んだ。
「青信号、よし」
おわり