明星ロマン-17
はっと我に返ったのは次の瞬間だった。
彼はひとりでソファーに座っていた。
まだ思考が濁っているため、今の状況を飲み込めないでいる。
ああそうだ──室井は自分の腹部を見た後、そこに右手を添えた。刺された痕跡はどこにもない。
あれはただの幻影だったのだろうか、と自分の左手を見ると、一枚の運転免許証があった。視線を落とし、ぼんやりと眺める。
すると、
「何をしているんですか?」
またしても声が聞こえた。
あの時と同じだと彼は思った。
振り向くと、バスローブ姿の久野志織が佇んでいた。
「うん、ちょっとね」
室井は意味ありげに言い、となりに彼女を座らせた。
長い睫毛の下のつぶらな瞳が、室井の手元を見つめている。
「免許証?」
と彼女。
それに対して室井はうなずくだけである。
『室井暁』と印字されたゴールド免許を二人して見つめること数秒、不意に彼女が口を開く。
「そっか、やっと思い出してくれたんですね」
「歳を取ると、どうしてもね」
物忘れのことを室井は言っている。
「免許の更新の時、同じ会場にいましたよね」
嬉しそうに、恥ずかしそうに、彼女は自分の運転免許証を取り出してきた。
室井のものと同じく、金色の帯が目印になっている。
「あの時の女の子がきみだったなんて、ぜんぜん気がつかなかったよ」
「あたしの印象って、そんな程度だったんだ」
「いやいや、そういう意味じゃなくてだね」
「あたしはずっと室井さんのことを思ってたのに」
「そりゃあ光栄だね」
「あっ、嘘だと思ってるでしょう?」
まあまあ、と彼は手を仰いで久野志織をなだめようとする。
しばらく乳繰り合った後、かしこまった二枚のカードを揃えて、それぞれの記憶をたどっていく。