明星ロマン-16
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行為のあと、室井が先にシャワーを浴び、やはり入れ替わりで久野志織が浴室に入った。
一緒に入るのは恥ずかしいと彼女が言うので、仕方なくそうしたというわけだ。
しかし彼は思い直す。曇りガラスに映る艶めかしいシルエットを見てみたい気もするが、室井の興味は別のところに向いていた。
彼女の素性が知りたいのである。
こんな生きた化石のような自分をラブホテルに誘ったのには、それなりの理由があったからだろう。
彼女にはかならず何か秘密がある──室井は再度、久野志織のバッグの中身を探った。
先ほどよりも勝手がわかっている分、すぐに携帯電話を見つけることができた。
しかし彼は素直に喜べなかった。電源は入っているようだが、どうしてもロックが解除できないのだ。
にっちもさっちもいかなくなり、ほかの貴重品を当たってみると、エナメルの黒い財布が出てきた。
運転免許証くらいは入っているだろう。
ちょっと見るだけだ──良心に言い聞かせて財布を開けた後、室井は卑しそうに目を見開いた。
仕切られたスペースに、紙幣やレシートなどがきれいに収まっている。
診察券、ポイントカード、クーポン券、そして最後に手にしたのが運転免許証である。
確かに彼女が取得したものに間違いなさそうだ。
おや、これは一体──そんなふうに目を凝らしていた時だった。
「何をしているんですか?」
意図しない方向から声がした。ぎょっとした室井は尻餅をつき、おそるおそる声の主を見る。
「室井さん、どうして……」
軽蔑の眼差しをたたえた久野志織がそこに立っていた。
「これはその、つまり、なんというか……」
「人の財布を勝手に開けるなんて、信じられない」
「違うんだ、ちょっと待ってくれ」
「ケータイものぞきましたよね?」
「見てない。……ああいや、触ったかもしれない」
最低、という台詞が彼女の口から漏れた。
「そうやって室井さんもストーカーになっていくんですよね、あの人みたいに」
彼女の表情は冷ややかなものになっていた。
それに、どこから持ち出したのか、両手で刃物を握っている。
その切っ先が室井を狙い、鋭い光を放っていた。
「わかった、とりあえず話をしよう……」
眼前に迫る恐怖を見上げ、哀れな男が床を這う。そこへ久野志織の素足が追ってくる。
一歩、二歩と、終焉(しゅうえん)へのカウントダウンが刻まれる。
そして彼女は、
「彼と同じ目に遭わせてあげる」
と感情の抜けた顔でつぶやき、構えていた凶器で室井の腹部を刺した。
何かが肉にめり込む感覚があった。
彼と同じ目に、ということは──理不尽な衝撃の中で、室井はある光景を思い描いていた。
それは、アパートの一室に横たわる、ストーカー男の変わり果てた姿である。
おそらく自分もそんなふうに扱われるのだろう。
「さようなら」
無機質な声で最期の別れを告げる彼女。
その直後、室井の腹部からおびただしい量の血が噴き出した。
おれの人生はラブホテルで途絶えるのか──赤く染まっていく視界に絶望し、室井は意識を失いかけた。