拾われて飼われました 前編-4
セカンドディールされたら「黒猫」セリアー二ャにはすぐわかる。
それは配布されるべきカードではないからだ。
ディーラーも絵札やAがプレイヤーに配布されていれば、よく見ればカードの表面の傷がわかるのでレート五倍勝負は受けなかっただろう。
数札の7が四枚とAの四枚の配布される確率は同じ、だがディーラーが配布されるのは数札にイカサマで制限したことで確率が上がった。
ディーラーが三枚目に絵札や10を配布されていたらセリアー二ャはburstしていた。
自分は合計20点で安全だとディーラーは思い込み、とどめを刺そうとはしなかった。三枚目のカードが配布された瞬間にセリアー二ャの勝ちが確定した。
レートが高額になるほど勝負の直感は乱れる。
セリアー二ャの強みは、マーキング以外のイカサマをしないことだろう。
レート五倍勝負が終わった。
だが、セリアー二ャとガーヴィ以外のメンバーが酒場に訪れない。
「遺跡には二人で行ったほうが気楽じゃない?」
「三人になるかもしれない」
ガーヴィは昼間にさやかという名前の人間を保護したことや、さやかが宿屋で酔っぱらって寝ていることをセリアー二ャに話した。
「どこの宿屋?」
セリアー二ャが宿屋の名前や場所を聞いて「あいかわらず世間知らずな……」とあきれた。
「今ごろ、その宿屋からその人間の女の子は拐われているかもしれないわ」
人間は他の愛玩奴隷よりも希少で、売り飛ばせば宝石よりも高値で売り買いされる。
宿屋に戻ったガーヴィは部屋にさやかがいないとわかると、宿屋の主人の胸ぐらをつかんだ。
「どこにやった?」
「乱暴しないでくださいよ、旦那が連れの方を呼んでるって使いの人が来て、連れて行ったんですよっ!」
その二人のやり取りを見ていたセリアー二ャは、部屋に戻るとペンダントの鎖をつまんで、ベットの上からダウンジングを開始した。
「こっちよ、ガーヴィ。早く!」
宿屋の主人を突き飛ばしたガーヴィとセリアー二ャがコボルトの宿屋の主人を残して、裏口から走り出す。
「ふふっ、あの時のガーヴィの必死な顔を、さやかに見せてあげたいわ」
ガーヴィはちらりとさやかの顔を見た。さやかがじっとガーヴィを見つめている。ガーヴィはすぐに目をそらして、手元の書物に目を落とした。
さやかが眠っている間にリザードマンに麻袋に入れられ荷物のように運ばれた。
商人ディルバスの屋敷の前にセリアー二ャとガーヴィがダウンジング頼りでやって来たときにはすでに夜遅く、街の名士を訪問するのは非常識な時刻であった。
「ここにいるのか、黒猫?」
「ここに来たのはたしかだけど、まだ遠い」
「俺が聞き出してやるさ」
商人ディルバスは酒場のカジノや市場などを仕切っている。あまり人前に顔を出さない。
「ガーヴィ、その人間の女の子の飼い主ってこともありえるんじゃないかしら?」
「街の連中を見て、仮装パレードというやつがこの街で飼われていたとは思えない。それに街から離れた場所でうろついていて、死にかけてたんだぞ」
館の扉をガーヴィが叩いた。
すぐには誰も出てこない。さらに激しくガーヴィが扉を叩いた。扉が開くとそこには背が高く初老の白髪の紳士が立っていた。
「夜中に騒がしいことですな。ところで、あなた方はどなたですか?」
初老の紳士が、揺れているペンダントと「黒猫」セリアー二ャを見て、ニヤリと笑った。
その笑みは穏和なものとは違っていた。
「出かけている間に、宿屋から拉致した俺の連れを返してもらおう」
「さて、知りませんな。そちらのお嬢さんのことは存じておりますよ、素人相手にギャンブルで巻き上げるとは感心しませんな」
セリアー二ャがディルバスを睨みながら後ずさりをしてペンダントを首にかけた。
「……ディルバスさん、とても立派なお屋敷ですけど侍女はいらっしゃらないのかしら?」
セリアー二ャは目の前にいるのが、闇の眷族の者だと
気がついた。
「昨日までは活きのいい若い侍女がいたんですがね。ところで、うちの酒場でディーラーをしませんか?」
「つつしんでお断り申し上げます。失礼しました、また昼間にでもうかがいますわ」
「私に会いに来れるなら、ご自由にどうぞ、お待ちしています。では……」
扉が閉ざされた。
セリアー二ャがガーヴィの腕をつかんで館を離れた。
「あいつは絶対に隠している!」
「ええ、そうでしょうね」
セリアー二ャがディルバスの館を見つめて言った。
「厄介な相手に拉致されたみたいね」
セリアー二ャはそのあとうつむいて黙り込んだ。
「はっきり聞かせてくれ、黒猫」
「あいつは獣人じゃない……」
闇の眷族の者は昼間は眠っている。それか、遺跡と同じような特別な仕掛けのあるダンジョンで身を潜めている。
おそらく昨日までいた若い獣人の侍女はおそらくもう命を落としていると思う、と言いかけて、大きく深呼吸してセリアー二ャは「それなりに準備が必要になるわ」と覚悟を決めてガーヴィに言った。
人間がいると情報を聞き出したディルバスはリザードマンに拉致してくるように命じた。
「私から闇の眷族と聞いても、ガーヴィは怯えたりはしなかった。その夜のうちに一人でも館に乗り込むとさえ言ったのよ。さすがに少し妬けたわよ」
セリアー二ャはさやかに言いながら、そっと胸元のペンダントの宝石にふれていた。
猫が毛づくろいをするように、セリアー二ャは瞳の色と同じ大粒の宝石をさわる癖があった。
「なんか、これをさわっていると気持ちが落ち着くのよね。さやかにはそういうものはないの?」
すると、さやかは少し困ったような顔をした。黒革の手袋をはめた、しなやかなガーヴィの手を見ている。
「初めはやらしいと思ったんですけど、最近師匠にさわられてると、落ち着くんですよね」