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バルディス魔淫伝
【ファンタジー 官能小説】

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拾われて飼われました 前編-10

「あれは呪いの発作だったと今ならわかるわ。母は父の目を盗んで男たちに身をゆだねてしまった。その行為をまだ子供だった私たちに見られていると母は気がつかなかったの。
私たちはそれを悪気もなく父に話してしまった。激怒した父は、母を私たちと引き離して入れてしまった。
今でも母の泣き顔を夢にみる夜があるわ。
呪いが島に蔓延して、父も母の行動が呪いのせいだとわかったときには母はすでに洞窟の中だった。後悔した父が兵士を送りこんで母の探索を試みた。母が洞窟に入るとき最後に身につけていた唯一の装飾品は、父の贈った銀の指輪。体は他の男たちにゆだねても、心から父を愛していたのね。
もし指輪を見つけてくれば、報酬は思いのままだと父は兵士たちに言ったわ。
……でも、誰も戻らなかった」
スーラが吐き出すようにガーヴィに言った。
「その指輪、俺が見つけてきてやろう」
指輪には、ゾルムの名と姉妹の母の名であるアナンダと裏側に刻まれている。
黄金の瞳と褐色の肌の姉妹は、父親の遺体の前でしゃがみこんで泣いていた。
ディルバスが現れたことでこの世界の歴史が変わってしまったのだろうか、とセリアー二ャは考えていた。
五年前にヤン・キースがこの島に訪れた時の話によると、そこはリザードマンの民と黄金の瞳の民が共存している楽園だったと、二人と仲間の若い船乗りたちに甲板で話をしていたからである。
「わしらはこれからその楽園の島に行くってわけだ」
姉妹の母親が生け贄の洞窟に送られたのはおよそ十年前で、ヤン・キースが島を訪れた五年前にはすでに呪いが蔓延していたという。
「たぶん私たちが海賊船に現れたことで、見た目は同じだけど、ちがう歴史の呪われた島にヤン・キースたちは上陸してしまったのよ」
セリアー二ャはさやかにそう言った。
ガーヴィとセリアー二ャは洞窟の中へ、この島の中央に位置する山の中に侵入した。
獣人の世界からディルバスの支配する世界、そして、さらに人の半身を持つ蜘蛛の支配する領域へと二人は踏み込んでいったのである。
扉の向こう側は宮殿だった。それは黒曜石の石柱や鎧姿の彫像が並んでいる。彫像は黄金の瞳と褐色の肌を持つ島の貴族たちと同じ人型の種族の姿なのだった。
回廊の床には埃がつもっている。薄暗い宮殿は洞窟ほどではないか静まり返っていて、声や物音が反響していた。
回廊の左右にはいくつもの部屋があるが、どこも人はいない、美しい宮殿だが冷たい死の気配が広がっているようにセリアー二ャには思えた。
どの部屋をのぞいても底知れぬ虚無だけがある。控えの間、女官たちの室、衛兵の宿直の室、どこも闇ではなく薄暮の暗さにつつまれている。
小広間、大広間、謁見の間、祭祀の間と二人は通りすぎた。彫像たちは宮殿にいるべき者たちが一瞬で石化したような姿勢であり、今にも動き出してもおかしくはないように思われた。
「ディルバスが畏れている怪物は人を石化するのかもしれぬ。黒猫、油断するなよ」
「生きている気配を感じる?」
「いや、石化してそのまま生き絶えてしまったのだろうな。むごいことをするものだ」
宮殿で行き交うはずの石化した官僚、兵士たち、貴婦人たち、刻が完全に停止しているような光景である。
石化した人々や華麗にして威厳のある調度に意をつくした回廊や室内は淡い赤き光をほのかに放っている。障気の冷気と静寂の中で黒曜石の彫像と化した人々はおそらく、自分が死んでいることに気がついていないだろう。すみやかに死が与えられたのだ。
宮殿はかなりの広さがある。ヤン・キースたちや姉妹の憐れな母親も、これらの奇怪な石像の中を虚無そのものであるかのような静寂を感じながら宮殿を出口を探して歩いたのだろうか、とセリアー二ャは考えてしまった。
護りの力を持たぬ者たちが長く障気の中を歩きまわれるはずもない。生き絶えたら石化するのか、それとも腐れ落ちて白骨となるのかもわからない。
山や古い戦場で亡くなった者たちの遺体はオオカミやネズミや肉食の鳥たちが、夜明けにはすっかり骨を噛み砕き、肉をむさぼり喰らい、すっかり片づけてしまう。雨が血を洗い流してしまう。残酷だがあるべき自然の掟すらこの妖しい宮殿にはない。
二人がいつ果てるかわからぬ回廊の曲がり角で遭遇したのは、緑色の肌と真っ白な腹の直立歩行している蛙の小人である。
ガーヴィの膝ほどの背丈しかない蛙人は数回、その顔を撫で二人を見つめていた。
「ついに幻を見るようになっちまったか、おいらも最後の時がきたらしい、ちくしょう!」
そう言うと蛙の小人はあぐらをかいて座り込んだ。それを見てセリアー二ャが思わずクスッと笑って立ち止まった。
ガーヴィも立ち止まり「背中を踏んだら、いい声で鳴きそうだ」と言って腕を組んで見つめていた。
「ふいーっ、うまい酒だ。おいらは旅の途中でうかつにも遺跡で石板にさわっちまって。おいら以外にも仲間がいたんだが、化け物に見つかっちまって、仲間は一人残らず餌食になっちまってよ。仲間にもこのうまい酒を飲ましてやりたかったなぁ……」
蛙人の小人が肩を落としてうなだれた。
「障気の中で平気なの?」
「その障気っていうのはわからねぇが、ちっと寒いのは困る。眠くなっちまうからよ。たしかに臭ぇがダーネイの腐れ沼の泥水ほどじゃねぇからよ。あそこはひでぇ、泥にはまれば底なしだ。泥から浮き上がってくる気泡が破裂すると、卵が腐った臭いがするんだぜ」
ガーヴィのいた世界にはいない蛙の小人は、二人の知らない土地の話をしている。どうやら別の世界から来た者らしかった。
「おいらはコル=スーって言うんだ。俺は酒があれば元気だからな、嫌でもあんたたちについて行くぜ!」
「ついてくるのは勝手だが、こいつを盗むと黒猫が地の果てまで追いかけてひどい目に合わせるから覚悟しておけ」
酒の湧き出る皮袋を見ている蛙人コル=スーの目つきが獲物を見つけた盗人の目つきだと、ガーヴィはすぐに気づいて釘をさしておいた。


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