Tデパート-4
「つまりな、あんたのとこに配属した新入社員をな、最高にエロい変態女に教育して欲しいねん」
「……は……?」
ある程度想像した上で聞いた言葉だったが、それを遥かに超えるあからさまに下卑た高橋の言葉に、俺は一瞬たじろいだ。
「まさか……直属の部下をいきなりヤれってことですか?それは……ちょっと……」
「なんでやねん。直属の部下やからこそやりやすいんや」
「しかし……」
高橋はいとも簡単に言い放ったが、俺は気乗りがしなかった。
以前俺たちが盛り場で女を引っ掛けて犯していたのとはわけが違う。誘われてついて来る女はある程度の心積もりもあるだろうし、本人たちにも多少の責任がある。
しかし今高橋のやろうとしていることは完全に犯罪そのものだ。
女のトラブルは麻理を妊娠させた時に懲りている。
主任になりたての大事な時期に、出来れば仕事がらみでそういうことはやりたくなかった。
だが高橋のほうは、そんな俺の思いなどはお構いなしで、どんどんと話を進めてくる。
「ええもん見したるわ」
高橋は、脇に置いてあった茶封筒から二つ折りになった一枚の紙を取り出した。
それは丁寧な文字でびっしりと書かれた真新しい履歴書だった。
右上に貼り付けられているストレートヘアの女子大生の写真。
目鼻立ちのはっきりとした美人で、きゅっと引き締まった表情はいかにも理知的な感じがする。
「どうや?ええやろ。W大の才女やで。面接の時から目ぇつけてたんや」
「面接の時から……」
つまり、高橋は人事部長という特権を利用して、採用試験で自分のペットにする女を物色していたというわけだ。
この女は面接の時、まさかこの温厚そうな人事部長が、自分を裸に剥いて変態行為の限りをつくすことを想像しているなどとは夢にも思っていなかっただろう。
そう思うと、くそ真面目なその写真がひどく哀れで滑稽に見えた。
「やってくれるやろ?」
「しかし……面倒なことになりませんか?下手をすれば会社ごと訴えられかねませんよ」
女ならば外でいくらでも調達できる。俺もそのほうが気が楽だ。
すると高橋は、ニヤリと意味深な笑みを浮かべ囁くような口調でこんなことを言った。
「わしな、ひとつやってみたいことがあるねん」
「やってみたいこと?」
「───あんた、洗脳教育って知ってるか?」
「え?──洗脳?ですか」
突然出てきたサイコなキーワードに俺は戸惑った。
「そうや。軍隊の新人教育やら新興宗教がよく使う手や。ターゲットになる人間を一定期間ある場所に監禁して、こっちに都合のええように洗脳すんねん」
「か、監禁……?」
頭の中に、素っ裸の女どもを何人も地下牢に閉じ込めて犯しまくる高橋の姿が浮かんだ。
「ははは、まあ、あからさまに監禁いうとやばいけどな。別にそこで直接女をどうこうするわけやないで。表向きはあくまでもまじめな合宿研修や」
「合宿研修、ですか」
高橋によれば、その研修は、電話もテレビもない、外界との繋がりを一切絶った山奥の合宿所で一週間ばかり実施するのだという。携帯電話やパソコンの類ももちろん全て没収する。
そこで新入社員たちは、今まで体験したことのないような生活をおくることになる。
早朝から夜中まで、長時間に渡るマラソン、穴掘り、さらには自分の欠点を皆の前で絶叫する──といった、業務とは直接関係のないような過酷なメニューが、ひっきりなしに次々と与えられるのだ。
実はそれらの課題は、努力してクリアさせ、今よりもやる気をださせることが目的ではない。
逆に、新人たちを肉体的、精神的に完全に衰弱させることが目的なのだ。
休憩時間は食事をする時以外ほとんど与えられず、私語も禁止。トイレさえも決まった時間にしか行くことを許されない。
与えられた課題がクリア出来ないものは容赦なくみんなの前で大声で罵倒され、人格さえも否定される。
当然プライドは傷つき、それまで自分の中で積み上げてきたものの価値が大きく揺らぎ始める。
どんなに優秀な人間であろうとも、いや、それまで優秀と言われてきた人間ほど、強い挫折感を味あわされることになるのだ。
その疲れ果てた状態で、今度は膨大な量の暗記などの課題が与えられ、翌日までに完璧に記憶するように指示される。
当然睡眠時間が削られるため、身体の疲れは取れず、四日目、五日目ともなると、思考能力が急激に低下していくのがハッキリわかるという。
「衰弱した人間てな、おもろいくらい簡単に洗脳されるらしいねん」
そう言ってニヤリと笑った高橋の表情には、ひどく邪悪な影が浮かんでいた。
ターゲットがまさに廃人のようになった時、今度はこちらに都合のいい価値観、つまりは「上司に絶対服従」という価値観を一気に刷り込んでいく。
服従心を少しでも示したものはみんなの前で極端に褒めちぎられ、会社の上層部の人間からも声をかけてもらえる。
普段の精神状態であれば、おかしいと思う者もいるだろう。
しかし、他の価値観が一切入り込まない場所に隔離され、罵倒され続けて自信をすっかり喪失した新入社員たちは、他人に認められるという感覚に飢えている。
しかもお互いライバル同士だという競争心も植えつけられている。
新入社員たちは、競うように会社への服従心を示しだすという。
そうして一週間の合宿が終わるころには、上司の言うことには全て「絶対服従」のロボットのような「優秀な新入社員」が出来上がるというわけなのだ。