筆さばき、色のとりどり-8
「お絹、どうやらもう腹一杯のようやな。……そんなら、ぼちぼち、わしもいくとしまひょ……」
嘉兵衛は腰を構え直すと、腰をお絹の股間に打ち付け始めた。これまでの、女を逝かせるための抽送とは違っていた。魔羅に快感をたっぷり生じさせ、どっと精を吐くための力感溢れる突き入れだった。
「う……。あ…………。あん………………」
うっとりと絶頂の余韻に浸っていたお絹が、新たな刺激を膣に感じ、現実に引き戻された。そして、その刺激は、またもや彼女を悦楽の彼岸へと追い込むことになった。
遠慮会釈のない魔羅の打ち込みは、急速に女の感度を高め、いとも簡単に愉悦の高みへと誘った。またもやお絹の身体に激甘な震えが奔る。しかし、まだ嘉兵衛は吐精に至らない。打ち据えられる怒張が止まらない。
「あんんっ……、だめぇ……。もう……、もう堪忍…………」
お絹が男から逃れようと身体をずり上げるが、組み敷いた嘉兵衛がそれを許さない。老体とは思えぬほどの力で女体を押さえつけ、腰を強く振り続ける。
「いやっ……、だめっ……、もう……、だめっ…………」
そして、お絹がさらなる絶頂に達した時、嘉兵衛はズイッと「猛り」を引き抜いた。
魔羅の先端から飛沫が飛んだ。お絹の叫びが響く中、迸りは女の臍(へそ)のあたりまで達した。
嘉兵衛は腰を引いた格好のまま身体をひくつかせていたが、お絹のひくつきはもっと派手だった。そして長かった。肉茎の外れた膣口、それは鯉の口のようにパクパクとした動きを繰り返していた……。
それから二日後。藤代屋の仕事場にお絹の姿があった。
新しい奉公先での彼女は、すぐには色挿しの仕事はさせてもらえなかった。「まずは下絵描きから」というのが藤代屋の主の命(めい)であった。しかし、お絹は素直に言いつけに従った。
京友禅を仕上げる一連の流れでは、色挿しで間違いを犯すと、それまでの工程が水の泡となったが、下絵描きは、たとえ失敗したとしても仕事の入り口。まだまだ素人と言っていいお絹にはふさわしいものだった。
数年後、このお絹、友禅染めの世界では色挿しの名人と呼ばれるまでになる。藤代屋での研鑽、修練を経てそうなるのであるが、じつは、技の上達には以前の働き口の主、嘉兵衛も一役買っていた。といっても、染めの技法を余所(よそ)の職人であるお絹に教えたわけではない。
嘉兵衛とお絹はその後も密かに出会茶屋で逢瀬を重ねていた。そこで、お絹は女の悦びを繰り返し味わい、その悦びを友禅染めの筆さばき、色遣いに昇華させていたのだ。
嘉兵衛はやがて身体を壊し、お絹との同衾もままならなくなかったが、彼女が一度見舞いに訪れた時、居室で一人横になっていた彼はこう言った。
「お絹。夜、おまえと張り切りすぎたせいか、わしは寿命を削ってしまったみたいや」
お絹が申し訳ありませんと謝ると、
「……冗談や、冗談。……おまえには世話になった。この年寄り、ずいぶんといい思いをさせてもろうた。……えらいおおきになあ」
お絹の手を取り、しみじみと言った。
それから半年後、嘉兵衛はこの世を去ったが、お絹は手作りの香典袋を和紙でこしらえ、それに自ら淡彩で蓮を描いた。そして、心を込めて御佛前と薄墨で記したのであった。その薄墨には、彼女の涙も、密かに含まれていたようだった。
だが、いつまでも悲しみに沈んでいては亡き嘉兵衛に叱られる。彼の四十九日が過ぎると、かねて藤代屋の主より言われていたことに、お絹は心を正対させた。それは、藤代屋の二代目と祝言をあげることだった。姉さん女房になるが、お絹の色挿しの技量と人柄を見込んでの嫁入り話であった。
お絹が嫁いでからの夫婦仲はよく、夜の営みも満足のいくものであったことは、彼女の手がけた京友禅に現れていた。お絹の色挿しには二つの正反対の特徴があった。
一つは、淡い色から濃い色へと移ろう、階調の豊かな上品なもの。……これは、嘉兵衛の「淡い色をまず置いて、後から筆を重ねて色を濃くする」という教えが影響していた。
もう一つは、色数豊か、目もくらむような絢爛豪華なもの。……これはおそらく、性交(まぐわい)で享受する時の至福の瞬間。これを意匠化したものであろうが、仮にお絹に聞いてみても、艶冶な笑みを浮かべるだけで、本当のことは語らないはずだった。
ともあれ、お絹は今日も色挿しの絵筆をとる。そして、夜には閨房にて、肉の筆をば秘壺の中で存分にさばくのであった。
(おわり)