使者を募って-1
それぞれ各国の王の名を記した綺麗な封筒が4つ並べられる。
ペンを置いたキュリオは、ふと考えるように腕組みをした。
(問題は誰に頼むか、だな。
私が行ってもよいが・・・それでは大事(おおごと)になってしまうか)
今は国同士のいざこざや話し合いの必要があるような場面でもなく、身元調査で王が動くなど普通はありえないのだ。
「ふむ・・・」
すると・・・一瞬の間を置いて執務室の扉にノックがかかる。
「入れ」
『失礼いたしますぞ』
(この声は・・・)
年老いた落ち着きのある声にキュリオは聞き覚えがあった。
そして扉へと視線をうつした彼は見慣れた人物と、その後ろに控える小さな少年の姿を視界にとらえた。
「ふぉっふぉっふぉ、朝食もとらずに執務室に籠られるとは・・・流石は我らが王ですのぉ」
魔術師らしく古びた杖をつき、立派な白い顎鬚と髪、目元には笑い皺が深く刻まれた温和そうな高齢の男が室内へと足を踏み入れた。
「ガーラント精がでるな。いつも書物に囲まれている君がここを訪れるとは・・・後ろの子が関係しているのかな?」
立ちあがったキュリオは目の前のソファに座る幼子を抱き上げ、ガーラントと呼ばれた彼の元へと足を向けた。
「おや?キュリオ様、いつの間に御子が・・・」
「いや、先日聖獣の森で見つけた赤ん坊だ。まだ皆に紹介出来るところまで来ていないんだが、顔合わせくらいならしてもよいかなと思ってね」
にこやかに赤ん坊を見つめるキュリオの表情を見て、ガーラントは目元をほころばせた。
「女神殿たちが一瞬にして心を奪われるキュリオ様の笑顔とは・・・きっとこのようなお顔の事じゃろなぁ」
すると、少しムッとしたキュリオは怪訝な顔をし年老いた男の顔を睨んだ。
「彼女らの話はしないでくれ。あれは些(いささ)か苦手な部類なんだ」
「おやおや・・・彼女たちが聞いたら泣いてしまいますぞ?
しかし、儂も苦手ですがなぁ」
ははっと笑いあう二人の和んだ空気に、ガーラントの後ろにいた少年がほっと息をついた。そして・・・並みならぬオーラをまとった美しい王が大事に抱いている赤ん坊と目が合うと、気が付いた彼女は頭をもたげて、じっとこちらに見入っている。
「・・・ん?」
すると幼い二人の視線に気が付いたキュリオは、少年に目線を合わせるように屈(かが)み口を開いた。
「その格好は魔導師かな?」
絶世の美を誇るキュリオの顔がせまると、少年は緊張気味に背筋を伸ばした。
「は、はいっ!
私はガーラント先生のところで見習いの魔導師をやっておりますアレスと申します!」
声を上げるのは姿からしてまだ4〜5歳くらいで、丈の長いローブをまとい、黒くやや長めの髪を中頃で束ねた少年だった。
「そうか、君がアレスか。彼から話は聞いていたよ、まだ小さいのに素晴らしい才能をもった子がいるってね」
「ふぉふぉふぉ、若いもんを育てるのが儂の生きがいみたいなものですじゃ!」
高らかに笑う彼が、アレスと呼ばれる少年の頭をグリグリなでると少年は怒ったように口を尖らせた。
「子供扱いするのはやめてくださいっ!先生っ!!」
するとガーラントは、
「ほ?お前が子供じゃなかったら誰を子供だと言うんじゃ?」
と、からかうように少年の頭をなでつづけた。
クスリと笑ったキュリオは、思い出したように彼らをソファに座るように促す。
「立ち話なんてすまなかったね、お茶をもってこさせよう。ミルクも温め直してくれるかい?」
「かしこまりましたっ!」
傍に控えていた女官が頷き部屋を出て行こうとする。が、気を利かせた彼女は肩身狭く立ち尽くしている大臣を睨むと、怯えた彼を引きずるようにして出て行った。
「・・・何かありましたかな?キュリオ様」
その様子をみていたガーラントが不思議そうに問いかけてくる。
「ああ、この子のことで少し・・・な」
「聖獣の森で拾われたとの事でしたが、いやはや不思議なこともあるものですなぁ・・・」
赤ん坊をまじまじと見つめるガーラント。
するとキュリオも視線を落とし幼子を見つめた。
「悠久の者ではない可能性が出ているんだ。だから先程他国への手紙も書いた」
「ふむ・・・たしかに他の国の者かもしれませんな、珍しい髪と瞳の色をしておる・・・」
考えるように豊かな顎鬚をなでるガーラント。そんな彼は悠久の頭脳とまで謳われ、大魔導師の称号を賜った過去1,2を争う優秀な人材なのだった。
「使いを出すつもりなんだが、打ってつけの者はいないかい?」
使者を出し他国へと行かせる事があまりないため、大事な経験をさせてやろうと踏んでいるのだ。そのことはガーラントも重々承知で、何よりも使者に渡される加護の灯が絶対にその身を守ってくれるからである。