使者を募って-3
急ぎ足で魔導師の集う別棟へとやってきた大魔導師ガーラントと見習い魔導師のアレスは、名簿を見ながら使者の経験がある中堅的立場の魔導師を探す。
「先生、この方はいかがでしょう」
アレスは指差した先をガーラントにみせた。
彼は年齢にして28歳、物静かで勤勉な男だと有名な魔導師だ。
「ふむ、そやつならこの時間は研究室に籠ってるやもしれん。儂は剣士2名を連れてくるでな、そっちは頼めるか?」
「わかりました、魔導師からの経験者は1名でよろしいですか?」
「構わんよ。剣士からも一人経験者を連れてくるとしよう」
二人は簡単な打ち合わせの後、それぞれ逆の通路へと散って行った。ガーラントはさらに別にある剣士の集う棟へ。アレスは研究室へと急いだ―――
アレスはワクワクする気持ちを抑えられず気持ちばかりが高揚していくが、立場上今回はただついて行くだけの存在となるだろうことは理解していた。
(キュリオ様の加護の灯(ともしび)・・・私はまだ見たことがない。噂では銀色の光のようなものだと聞いたことがある)
灯を掲げる役になれないだろうか、とそんなことを考えながら歩いていると研究室の前に辿りついた。古木で作られた巨大な扉の前に立つと、この悠久の歴史が一心に感じられる気がする。太古から存在していた魔導師たち。どれほどの魔導師たちがこの部屋を出入りしたのだろう。もとは金色と思われる扉の金具も黒ずんでしまっているが、それがまた風情があり、痛んでいないのは素材が良く作りがしっかりしている為だということは容易に想像できた。
アレスは深呼吸し、控えめに扉をノックすると静かな廊下によく響いた。
『はい』
すぐに返事があり、数秒後わずかに開いた扉の向こうからは探していた魔導師の彼が顔を覗かせる。
「あれ?君は最近入った・・・アレス?だったかな」
そう言うのは濃いグレーの短髪と瞳に、眼鏡をかけ・・・身長はそれほど大きくはない細身の男で、名はテトラという。年齢や階級で人を差別するようなことがない彼は年下のアレスにも人当たりの良い笑顔をみせた。
「はい!先輩!!今日はお願いがあって参りましたっ!!」
元気よく答えたアレスはキュリオとガーラントの許可は得ている旨を伝え、テトラも快く了承する。そして、彼とともに研究室にいたもうひとりの魔導師の協力も得てガーラントと落ち合うのだった。
アレスが魔導師2人の協力を得てキュリオのいる広間に面した通路を歩いている頃、ガーラントは剣士の集う棟を歩き鍛錬の間の傍までやってきていた。
この世界では1人の人間が2つの能力に秀でているという事実は王以外例がない。稀に魔導師の中に剣が扱えるものもいるが、その腕前は到底生粋の剣士には叶わないのだ。よって、剣士と魔導師が共に行動することは互いを補う上でとても効率がよい。
(ふむ。この機会に剣士の若いもんを連れて行くのもよかろう)
ふとアレスの姿を思い浮かべ楽し気な笑みを口元に浮かべたガーラントは、風に乗って流れてくる気合に満ちた剣士たちの声に耳を傾けた。
石造りのゲートをくぐると、鍛錬用の防具に身を包んだ剣士たちが大声をあげて剣の打ち合いをしている。ぶつかる金属音と火花が散ると、彼らの本気さが伝わってきた。
「ほぉ、皆の者やっておるな?相変わらず剣士は血の気が多くて何よりじゃ」
感心したようにガーラントが顎鬚をなでると、その姿に気が付いた一人の体格の良い男が小走りにやってきた。
「これはガーラント殿!いつも書物に囲まれているあなたがなぜこのようなところにっ!!」
「もしや・・・っ!とうとう剣を・・・っっ!?」
興奮し、日に焼けた顔に笑顔を弾けさせる中年の彼は若い剣士たちの指導を任された教官・ブラスト。血気盛んな彼に圧倒されながらもガーラントは、
「むぅ・・・。おぬしもキュリオ様と同じようなことを・・・儂はそんなに書物に囲まれてばかりおるかのぉ・・・。それに今更、剣を習いとは思わんよ」
とため息をつき、"年を考えろ"とばかりの恨めしそうな表情を向けた。
「いえいえっ!魔術を極めたあなたなら剣術だっていけるはずです!!」
ガハハと笑う彼は以前からガーラントに剣術を覚えさせようと必死で、彼曰く"術を極めた者ならばさらにその先があるはず!"とその信念は昔から揺らがないのだった。
「まぁのぉ・・・。おぬしの言いたい事はわかるが・・・儂はいかんせん・・・」
とガーラントが言葉を続けようとすると・・・
「隙ありぃぃいぃぃーーーーーっっっ!!!」
の少年の声とともに、ブラストの脳天を木刀が直撃するのだった―――