使者を募って-2
(悠久の使いとしてキュリオ様のしたためた書簡を各国へ届ける・・・大事な役目・・・)
アレスは手元をじっと見つめ、その貴重な体験に胸を躍らせていた。
「も、申し上げますっ!キュリオ様!ガーラント先生!!」
突如大きな声をあげたアレスにキュリオとガーラントは驚いたように彼を見つめた。
「どうしたんだい?アレス」
落ち着いた調子で話を促すキュリオ。
「はいっ!その使者に私が立候補してもよろしいでしょうか!!」
今度はガーラントが口を開いた。
「むぅ・・・お前がか?」
困惑した様子の大魔導師にキュリオは視線をうつし提案する。
「使者に年齢は関係ない。この体験が彼を成長させるものなら私は彼を行かせてもいいと思うよ。もちろん一人で行かせるつもりはないから安心しておくれ」
穏やかに微笑むキュリオはソファの背へ体を預けると、"あとは君たち次第だ"とばかりに成り行きを見守ろうとしている。
「ふむぅ・・・キュリオ様がそうおっしゃるなら・・・」
心配であまり乗り気ではないといった様子の彼を見つめながらキュリオは目元を細めて笑っている。
「可愛い子には旅をさせろと言うではないか」
キュリオが声援を送るような言葉を連ねると、アレスは嬉しそうに頬を染めて目をキラキラさせた。
「先生!行かせてくださいっ!!」
アレスは立ちあがって深く頭を下げる。
「まぁ・・・のぉ」
しばらくして根負けしたガーラントは"やれやれ"とため息をついた。
「早すぎる気もするが・・・いいじゃろ。
念のため剣士2名、魔導師2人を連れていけ。アレス、お前は最後尾じゃぞ。わかったな?」
「はいっっ!先生!!了解いたしました!!」
ふと、和やかな空気に包まれたと思った瞬間・・・
ガーラントの顔が厳しくなり、大きな手がアレスの肩に乗せられる。
「よいかアレス。キュリオ様の書簡は各国を隔てているあちら側の門の番人に渡すだけじゃぞ」
「心配しなくていいよガーラント。使者として経験がある者を同行させるから」
ただならぬガーラントの気配にアレスは息を飲んだ。
キュリオの表情を見る限り危険はなさそうなのだが・・・。
「死の国に立ち入ってはならぬ・・・冥王とは顔を合せてはならん」
「冥王とはマダラ様のことですか・・・?」
目を伏せたキュリオは"そうだね"と呟いた―――
「それは一体どういう・・・」
アレスが聞き返そうとしたとき扉がノックされ、お茶を手に戻ってきた女官と侍女が勢いよく室内へとなだれ込んできた。
「お嬢様っっ!!」
「・・・え、え?」
驚くアレスは彼女らの気迫に圧倒され、一歩、二歩と後ずさりする。そしてキュリオの元へと一目散に駆け寄った彼女たちの背中で、徐々に王の姿が見えなくなっていく。
「よかった・・・っお嬢様っ!!」
涙を浮かべる侍女らに囲まれながら、お嬢様と呼ばれた赤子は笑顔を向けた。
「きゃぁっ」
そして喜ぶような声をあげ、ケラケラと笑っている。
少しの間、侍女たちに赤子を預けたキュリオは体をずらしてアレスとガーラントの視界に戻ってきた。
「話の途中ですまないね、マダラの話だったかな?」
「あ、はい・・・」
すっかり話を折られてしまったアレスは気の抜けた言葉を返した。
「気を付けなければならないのはどこの国も同じだよ。加護の灯があれば手は出してこないさ」
「それでも不安なら別の者に頼むから無理はしなくていいんだよ」
あくまでもキュリオはアレスの意志を尊重しガーラントの説得にまわったのだ。しかしアレスが望まないのならキュリオも無理に行かせるつもりはない。
優しく言葉を発するキュリオを見つめていたアレスは、大きく頭を振り・・・
「いいえ!私に行かせてくださいっ!!」
と勇んだ。その声に振り返った侍女たちは、赤子にミルクを飲ませながら
「おや、アレス坊や・・・お使いかい?」
「頑張るんだよっ!」
と口々に応援してくれている。彼の希望に満ちた顔はとても凛々しく、キュリオとガーラントは視線を絡ませ小さく頷いた。こうしてアレスは未来を担う魔導師の一員として大きな一歩を踏み出すのだった――――
それから手紙を受け取ったガーラントとアレスは慌ただしく部屋を出ていき、同行する剣士と魔導師を選出するため別棟へと向かった。
彼らと別れたキュリオは幼子を胸に抱きしめると遅めの朝食をとるために広間へと足を向け、先程侍女たちが"お嬢様"と、腕の中の赤ん坊を呼んでいることを思い出し小さく笑った。
「やはりこのまま名前がないのはよくないな・・・昨日約束していたね。あとでお前に名をつけてあげよう」
笑いかけるキュリオに笑顔でこたえる彼女。
アレスたちの出発の準備が整うまでもう間もなくの事だった。