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新【翼の記憶】
【ファンタジー 恋愛小説】

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はじめての夜-4

(本当の親子のよう・・・か)


思わずペンを止めたキュリオは女官の言葉に耳を傾けながらも相変わらず愛らしい彼女を見つめている。


「恐れながらキュリオ様、もし赤子がヴァンパイアだったらどうなさるおつもりですか・・・?」


「・・・どういう意味だ」


大臣の控えめな発言にキュリオは不機嫌さを含んだ鋭い視線を投げつけた。


「彼らは人の血を好むと言われております。もし人を襲うようなことがあればキュリオ様が危険にさらされるのでは・・・」


大臣が優しいキュリオを心配している理由もそこだった。
油断している彼の首元に噛みつき、命さえ落としてしまう可能性さえあるのではないかと不安なのだ。


「それなら私が実証済みということになるな。昨晩この子に変化はなかった」


「しかし・・・騙されているという可能性はございませんか!?奴等はその姿を自由に変えることができると聞きます!もし赤子に化けて我々を油断させているだけだとしたら・・・っ!」


「何をそんなに怯えている・・・」


「い、いえ・・・わたくしは・・・ただっ・・・」


怯える大臣の姿に、ふぅ・・・とため息をついたキュリオは静かに立ちあがり二人の会話に戸惑う女官たちの合間を抜け、大人しくソファに腰をおろしている赤ん坊の前で片膝をついた。


「すまないね・・・こんなことはしたくはないが・・・」


何が起きているかわからないようにキュリオの顔をみて穏やかに微笑む赤ん坊。そして彼はその笑顔に胸を痛めながら・・・腰から短剣を引き抜く。


「キュ、キュリオ様っ!!いくらなんでもこんな小さな子に・・・っっ!!」


慌てて駆け寄った侍女数人が赤ん坊を守るように立ちふさがった。


「どきなさい」


キュリオは声を低くし、表情を変えぬまま短剣を握りしめ呟いた。やがて・・・眉間に皺を寄せている女官はそっと侍女たちの肩を叩き後ろに下がらせる。しかし、これから起きる惨劇に耐えられないといった様子の侍女たちはバタバタと部屋をでていく・・・。


ゴクリ・・・

緊張に顔をこわばらせた大臣が生唾を飲み込む音が響いた―――


「すまないね・・・」


目を伏せたキュリオが手を動かすと、スッと短剣が柔らかい肌を滑り・・・ツーッと一筋の鮮血が流れていった――――


―――目を逸らしていた女官が、恐る恐る二人へと視線を戻す・・・
赤子の声は聞こえないが、わずかな血の匂いがする。そして・・・あたりには静かすぎるほどの静寂―――


彼女はキョトンとしている。
私は自分で傷付けた親指から鮮血が流れていくさまをじっと見つめている。


「・・・血が欲しいかい?何も隠さなくていいんだよ。
もしお前がヴァンパイアだとしても私の血をあげるから」


優しく微笑んだキュリオは片手で彼女の頬をなでながら血に染まった指先を幼子の口元に近づけていく。

「・・・?」

だが彼女は態度を急変させるどころか、目を丸くしてキュリオを見つめている。やがて・・・濡れた指先が外気に触れ、血が凝固してしまった。

(血をみて冷静で居られるヴァンパイアはいない・・・)

「・・・そうか、お前はミルクのほうがいいんだね?」

「きゃぁっ」

すると、ミルクという言葉に反応したのか幼子は嬉しそうな声をあげて足をバタバタさせた。

「ふふっ
怖い思いをさせて悪かった」

キュリオは残念な気持ちと、ほっとした気持ちが交差し複雑な表情をみせる。

(きっとこれでいいんだ・・・もし彼女がヴァンパイアで長い命があったとしても、周りに恐れられる存在ではあまりにも不憫だ・・・)

赤子の小さな体を抱き上げ、頬を合せて安らいだ笑顔を向けるキュリオを見た女官が駆け寄ってくる。

「よかった、よかったキュリオ様・・・っ!
これでこの子が追い出されるようなことはないのですよね!?」

「ああ、君にも心配かけてしまったね」

「い、いえ・・・っ・・・!」

そう言葉を返した女官は涙ぐみながら愛おしさを込めた瞳で赤子を見つめている。そして、キッと目をつり上げたかと思うと・・・

「大臣っっ!!
二度とこの子を傷つけるようなこと言わないでくださいませ!!次はわたくしが許しませんことよっ!!」

「も、申し訳ない・・・」

女官に叱られた大臣は面目ないといったように肩を落とし小さく謝罪の言葉を呟いた。

「だが、ヴァンパイアではないとわかったとしてもあの国にも通達は出す。有力な情報が得られるかもしれないからな」



幼子をもう一度ソファに座らせキュリオは白机と向かい、書きかけの手紙へとペンを走らせる。そしてあっというまに書き上げると最後に彼のサインを添え、綺麗に封筒にしまっていった。



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