はじめての夜-3
―――自分を落ち着けるように深呼吸しながら彼は扉をノックした。
「キュリオ様、おはようございます!」
やや大きめの声を掛けるが・・・
「・・・・」
内側からの返事はない。
キュリオの起床時間を考えればすでに2時間以上遅いはずだ。
「まさか・・・キュリオ様・・・」
ふと不吉なことを想像してしまった彼は居ても立ってもいられず、ノブへと手をかけ力いっぱい扉を開いた。
「失礼いたしますぞっ!」
飛び込むように駆けこんだ先に見えたものは・・・
真っ白な上質の衣に身を包み、ベッドに横たわる王の姿だった――――
「キュリオ様!しっかり!!」
慌てた大臣が彼の体を大きく揺する。
大臣は他国の者かもしれないこの赤子にひどい警戒心を抱いているのだ。
「誰かおらぬかっ!!」
なおも激しく騒ぎ立てる彼の声に、落ち着いた声と手がそれを遮る。
「騒ぐな・・・何事だ」
艶やかな銀髪をかきあげながら上体を起こしたキュリオは片膝を立て、隣にいる大臣を睨んだ。彼にしては珍しく不機嫌な様子を見せる。それもそのはず、傍らには気持ちよさそうに寝息をたてている幼い子供の姿があるからだった。
「キュ、キュリオ様!
・・・ハッ!も、申し訳ございませぬ!」
急いでベッドから離れた大臣は床に平伏せるように頭をこすりつける。
「・・・そこまでしろとは言ってないぞ」
キュリオは大臣に向けた鋭い目つきを緩めると、隣で眠る幼子へと視線を移動させた。
左手で彼女の柔らかそうな前髪を梳き、小さな体にシーツをかける。
彼女を見ていると、知らず知らずに顔をほころばせてしまう自分がいて・・・
それが心地よくもあり怖くもあった。
(・・・間違いなく私はこの子に依存し始めている)
そんなことを考えているキュリオの耳に大臣の声が響いた。
「なりませんぞキュリオ様!!
その赤子は悠久の民ではないのかもしれないのです!!」
ピタリと手を止めたキュリオは驚いたように振り返り、彼の顔をじっと見つめた。
「今・・・なんと?」
キュリオは怒るかもしれない。だが一度調査で出てしまった結果は、覆る事実がなければそれが真実となるのだ。
「先程でた調査結果で、悠久には不明者も含めそのような赤子はいないことがわかりました。ですから・・・」
心配する大臣の言葉が最後まで終わる前にキュリオがゆっくり口を開いた。
「ならば他の国にも伝達し、早急に調査の依頼をすればよい。私はこれから執務室へいく」
そういうとぴったりくっついて眠っている幼子の体を抱き上げ、ベッドの脇にかけられたストールを手に立ち上がる。するとキュリオに抱き上げられた振動で目を覚ました赤ん坊は、定まらない焦点で彼の顔を見上げた。
「・・・ぅ、」
寝惚けているような声をあげ、ゆっくり瞬きを繰り返す幼子にキュリオは優しく微笑む。
「起こして悪かったね、私と一緒に来てくれるかい?」
そう囁かれると、パチリと目覚めたように瞳を丸くしキラキラとした眼差しを向けてくる。
「きゃーぁっ」
幼子の楽し気な笑い声が上がると、頷いたキュリオは颯爽と部屋を出ていく。
彼らのあまりにも自然な動作に大臣は一瞬、我を忘れて二人をほのぼのと見守ってしまう。
そして部屋に取り残されたことに気が付くと・・・
「ハッ!お、お待ちくだされ!キュリオ様!!」
と、慌てて部屋と出ていくのだった――――
途中、キュリオが赤ん坊を連れている姿を見かけた女官や侍女がミルクや彼女の服を手にして追いかけてくる。それからすぐ下の階の執務室へと入っていくキュリオと赤ん坊に大臣・女官・侍女たち。
「この子の着替えを頼む」
入室した女官のひとりに幼子を預けると、キュリオは大きな窓の傍にある彫刻の綺麗な真っ白なデスクへと腰を下ろした。そして引き出しの中から上質な紙を数枚取り出すと、手によく馴染んだ羽ペンの先にインクをつける。
癖のない美しい文字をさらさらと書き連ねていくキュリオ。
ふと彼は何か思い出したように顔をあげた。
(あの子の特徴も記さねば伝わらないだろうな・・・)
キュリオは着替えさせられている彼女の姿をジッと観察してみる。
(柔らかい毛色の髪にピンク色に染まった頬と唇。性別は女で・・・)
そのようなことを考えているとこちらの視線に気が付いた彼女は、花が咲いたような明るい笑顔を向けてきた。そんな彼女にキュリオも思わず目元をほころばせる。
その二人の様子をみた女官が嬉しそうに口を開いた。
「この子、キュリオ様のお顔を覚えたみたいですわねっ」
「そうそう!いまのやりとりなんて本当の親子のようだわっ!!」
悶絶するように頬に手をあてて興奮気味の彼女たち。
そんな様子を幼子は不思議そうに見上げていた――――