はじめての夜-2
枕に寄りかかった幼子はキュリオに視線を向けられるとニコリと微笑んで小さな手をこちらへ伸ばしてくる。
つられて手を伸ばしたキュリオの指先に彼女の手が触れるとわずかに力が込められ、自分よりも何倍も大きな体を自分のもとに引き寄せようとしているのか両手で指を掴まれる。
「ん?私にもっと傍に寄れと言っているのかな?」
彼女はまだしゃべることが出来ないが、その表情でなんとなく否定と肯定の区別はつきそうだった。穏やかな視線を向けて語りかけるキュリオの瞳を見つめたままの幼子は、真ん丸な瞳をキラキラさせて身を乗り出してくる。
「おっと・・・」
バランスを崩した小さな体が前のめりに倒れていくのを慌てて支えるキュリオ。軽く持ち上げてもう一度座らせてやると・・・今度は腕にしがみつき、袖を引っ張られる。
「ぁー」
(ふむ、これは・・・・)
一瞬考えたキュリオは、小さく声をあげ何かを懸命に訴えてくる彼女を片腕で抱き上げベッドに横になった。
「もう少しこうしていたいんだね?」
キュリオが小さな体をなでながら目を閉じると、幼子は嬉しそうに笑っている。
(二度寝するのはどれくらいぶりだろう・・・)
思い出せない程、随分昔のような気がする。もしかしたら王に即位する前かもしれない。王であることに息苦しさを感じたことはないが、彼自身に安らぎを与えてくれる人物がいたかどうかと聞かれればそれはまた別の話となる。
五大国の歴史の中でも妃を娶(めと)った王の話は聞いたことがない。なぜならば・・・王の妻となったからといって彼らと同じ長い生命が与えられるわけではないからだ。
そして目の前にいるこの世に生まれ出たばかりの小さな命も、いずれはキュリオを残し・・・その生涯を終えてしまう。
薄く目を開いたキュリオは指先で血色のよい彼女の頬をなで、見つめ合うように微睡(まどろ)み、この幸せな時間を継続させる事ができる・・・ひとつの可能性を願った。
「お前が悠久以外の民ならばあるいは・・・」
もし悠久の中に親がいないとわかれば、早急に他国へと調査協力を要請しなくてはならない。
(生命が長いといえば・・・精霊かヴァンパイアか、冥界か・・・)
キュリオは複雑な想いでため息をつきながら彼女の後ろに久しく顔を合せていない数人の王の顔を浮かべるのだった――――
―――二人が二度目の眠りに落ちてしばらくすると・・・
朝の仕事に勤(いそ)しむ使用人たちの声や足音が聞こえ始め、大臣のひとりがいつもならばすでにこの場にいるはずである王の姿を探していた。
ふと、目の前を通った女官のひとりに声を掛ける。
「キュリオ様をお見かけしなかったか?」
すると、そういえば・・・と言わんばかりの顔をして彼女は足をとめた。
「ノックしましたが返事がなかったのでまだおやすみになられているのかと」
にこやかに答える女官は動物の耳をモチーフにしたフード付きの可愛らしい服を手に持ち、広げてみせた。
「どうです?可愛いでしょうっ!!」
ポカンとしている大臣だが女官は瞳を輝かせながら小さな服を抱きしめ、恍惚の色を浮かべている。
「はぁーっ
早い者勝ちであの子に着せる服が決まりましたの!!
早起きしたかいがありましたわっっ!!」
鼻歌を歌いながら今度はその服とダンスをしている。
「ま、まぁ・・・キュリオ様がお咎めになるとは思わないが・・・ほどほどに、な・・・」
「はぁーいっ」
なんとも言い難い会話を二人が交わしている頃、ここ最近の出生状況を確認していた数人の家臣たちがやってきた。
「大臣殿、昨日保護された赤子の件ですが・・・」
「おぉ!早いな。で、どうだった?」
「・・・・」
その言葉に振り返った大臣は、家臣からの報告を聞き終わると・・・驚きの表情を隠せずに沈黙した。
「・・・いかがなさいますか?」
心配そうに声をかけてきた家臣にはっとする大臣。
そしてようやく口を開いた彼は、とりあえずもう一度見落としがないか確認するよう指示を出す。
「かしこまりました」
頭を下げ、その場から退出する彼らを見送ったあと
大臣は城の最上階にあるキュリオの部屋へと急いだ。
”悠久の民ではないかもしれない・・・?”
"はい、ここ最近生まれた赤子で所在が不明な者はおりません。人攫い・迷子の届け出もなく、いまのところ該当者なしです"
(・・・他国の民が悠久の地へ子供を置き去りにしたと?)
先程のやりとりを思い出しながら、大臣はキュリオの部屋の前で勢いよく立ち止まり顔をあげる。重厚で美しい扉はかたく閉じられ、彼がまだ眠っているであろうことは明らかだった。
彼がもってきた報告は朗報か悲報か・・・
それはキュリオにしかわからないものだった