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僕をソノ気にさせる
【教師 官能小説】

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僕をソノ気にさせる-42

 杏奈のことばかり慮って祖母はもう一度頭を下げた。
「……え、えっと。……私、大丈夫です」
 辛くないと言うと嘘になるし、祖母を前に智樹のことはどうでもいい、とは言えないから、「あの、お付き合い、させていただいて? させていただいてても? ……その、男女のことですから、色々あると思いますし、悪い形で終わる、ということもあるわけですから……」
 上手く言えない。杏奈の中では一段落ついて、もはや智樹とヨリを戻すことはありえなかったが、だからこそ祖母ほどには智樹を貶めることはできない。祖母に心痛を与えたくないから困っていると、
「バカなんですよ。あんなバカには、先生みたいな方はもったいなかったんですよ。走ることしか能が無いのに、先生みたいな方を恋人にさせていただいて、それなのに、もう……、本当にバカですよ」
 何度も智樹を馬鹿と言う。そこまで言われたら、さすがの智樹も可愛そうだな、と思ったが、確かに馬鹿だという気持ちもあったから、
「……た、たしかに……」
 こんなこと言っていいのだろうか。「バカ……、ですね。私を振るなんて」
 おずおずと言うと、祖母は「そうですよ」と何度も頷き、頷いている間に笑顔になった。
「まったく……。あの子はもう、私の家に出入り禁止にしましたからね。バカが伝染るといけませんから」
「お婆ちゃん、ちょっとヒドすぎます……」
 祖母のあまりの言いように、思わず杏奈からも笑みがこぼれた。
「……先生がお元気そうで良かったわ。それが気がかりでしたの」
 用事と言っていたが、もしかしたら祖母は自分のためにわざわざここに来てくれたのかもしれない。そう思うと申し訳なかった。
(しかも……)
 ここまで自分に優しい祖母に対して、今の自分に蔓延っているとても言えないような罪の意識が、再び杏奈を自己嫌悪の深淵に引きずり込もうとしたとき、
「先生。私、もう一つ先生に謝らなければならないことがありますの」
 と、また祖母が居住いを正した。
「え……。何ですか」
 意識を祖母の方に戻される。祖母の顔は再び真摯なものに戻っていた。「私、お婆ちゃんに謝っていただくようなことは、何も、心当たりありません」
 杏奈の言葉に祖母は暫く考えた後、
「……優也の家庭教師を引き受けてくださって、本当にありがとうございます。あの子の算数……、いえ、数学、でしたわね。テストであんないい点を取れるだけにしてくださって」
 話題が優也に移ると、祖母の前で何食わぬ顔で座っているのが省みられ、杏奈の心の中に更に重苦しい沈鬱が沈殿し始めた。優也の学力は既に学校に通っている標準的な中学生の同学年レベルか、それ以上に達していると杏奈は判断していた。だが、知っていて、それを祖母に報告していない。もともと杏奈が優也の家庭教師を始めたのは、遅れている優也の学力を取り戻すことが目的だった。それが達成された、となれば――。それを思うと、祖母を騙すことになると知りながらも、杏奈は言い出せなかった。
「あ、いえ……。それは、優くん……、優也くんが頑張ってくれているからです」
 辛うじてそう言った。
 それを聞いた祖母は、また少し考え事をするように黙った。その間が、杏奈の恐怖を誘っていた。祖母も優也の学力が完全に克服されたと思っていて、今日ここで家庭教師を、つまり優也との逢瀬の終焉を告げに来たのではないか。
「先生……」
「はい」
 ゆっくりと口を開いた祖母は、祖母自身にも言い聞かせるような口調で続けた。
「優也は……、先生のことを、お慕いしていると思います」
 鼓動が高鳴る。お慕いしている。その言葉は敬愛にも用いられる。
「あ……。はい。すごく、お話をしてくれるようになりました」
 きっとそうだ。家庭教師として、慕っているという意味だ。
「いえ、そうではなく」
「……え、あの」
「優也は先生に、恋をしています」
「……」
 祖母の一言一句が杏奈の心を強く絞り上げてきた。胸の中が捻じれる感覚に息苦しくなってくる。
「先生のことが、好きで好きでたまらないのね、あの子。……須藤先生も、よくご承知かと思います」
 どうしよう。
「……あ、は、はい、それは……、わかっています……、わかっております」
「そして、こんなことを言ったら、親バカ……、いえ、お婆ちゃんバカ、なのかもしれませんが」
 杏奈の緊張の波がなるべく凪いでいる時を待つように、祖母が優しい声で言った。「須藤先生も、優也のこと、お慕いくださってる、と……、思いますの」
 教え子として、という意味で言っているのだ、と杏奈は努めて考えようとしたが、即座に理知が「違う」と諌めてきた。優也が好きだというように、杏奈もまた。そう祖母が問いかけてきている。


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