僕をソノ気にさせる-27
「まあっ！」
祖母は目を見開き、「いつの間に……」
「結構前から付き合ってたんだぜ？ 同じ病院の医者だ。俺もずっと前から紹介されて知ってたんだ。たまにこっちの系列病院に出張してくるときとか飲んだりしてる。いい人だぜ。……歳が、アレだけど」
「歳？ ……いくつの人だい？」
「四十二。十五歳差……」
「……よん……、二回目ってことかい？」
「いや、初婚だよ、初婚。なかなか縁に恵まれなかっただけだって」
「ずいぶん肩持つじゃないか。……おおかた酒飲みに連れてって、あんた奢ってもらってたんだろ？ ――それにしても……」
祖母はふうっ、ともう一度大きな溜息をついて、「十五差かい……」
歳の差を気にして渋っているように見えた祖母に、優也は悲しい気分になった。杏奈を見ると、座布団の上にお尻を落とした座り姿で二人の会話を見守っている。その横顔からは何を考えているか読み取ることはできなかった。
「――あの子にしちゃ、大物釣ったじゃないか」
「お、おお。婆ちゃん、賛成してくれんのか？」
「賛成も反対もないよ。美智子が結婚したい、って人が見つかったのなら、こんな嬉しいことはないさ。しかもお医者様とはねぇ……」
祖母は杏奈の方を見た。驚いた顔で杏奈が、私の話ではありません、というように両手を体の前で振り、お話の続きをどうぞ、と小さく会釈をしながら両手を差し出す。祖母は信頼すべき家庭教師である杏奈だけでなく、その父母までまるで聖人のように思っていたから、医者と聞いて大満足しているようだった。
優也は祖母の回答を聞いてホッとしていた。自分の保護者は歳の差は気にしない……。
「じゃぁさ、婆ちゃんも来てくれよ。俊彦さん、って婚約者なんだけどさ、ぜひ挨拶したいっつってんだ。北海道の伯母ちゃんとこのイトコも結婚まだだろ？ 孫で最初の結婚だっつーんで、姉ちゃんはりきっちゃってさ……」
「栄一と佳代子さんを連れてきゃいいじゃないか」
智樹は両親の名前を出され、うーん、と言いにくそうに、
「……姉ちゃんに彼氏がいるってのさぁ、俺も母ちゃんも知ってたんだ。オヤジだけが知らなくて……、で、姉ちゃんは軽井沢でオヤジに俊彦さんを紹介するつもりだったんだけど、……この前、後ろにオヤジいるの知らないで、ポロっと俺が口滑らせちゃってさぁ」
「それで栄一が？」
「スネちゃって、オヤジ。看護師になってから家にもあんまり帰ってこないから、親孝行つって軽井沢誘われて、たぶん、オヤジはテンション上がっちゃってたんだと思うんだよね。そこへオトコの話聞かされてさぁ、『俺は行かん』って」
「バカだねぇ……、本当にあの子は……」
祖母は智樹を見て、「親子揃ってバカだねぇ……」
智樹は自分もろとも祖母に呆れられても、大して気にせず祖母の説得を続けた。
「頼むよ、婆ちゃん。俺、責任感じちゃっててさぁ。姉ちゃんは婆ちゃん孝行したいっ、てのもあるけど、婆ちゃんが認めたって聞いたら、きっとオヤジも……、頑固オヤジを何とかできんの、婆ちゃんしかいねえよ」
「軽井沢ねぇ……。まあ、そういうことなら、久々に美智子の顔も見たいしね」
「よっしゃ！ 婆ちゃんが、来い、っつってくれたら、オヤジも折れるよきっと」
「栄一は来なくていいよ。あの子がヘソを曲げたら面倒なんだよ。ほっときゃいい」
あっさり息子を見捨てた祖母は、杏奈の方を向いて、「須藤先生、一緒に参りませんか」
「えっ！ 私ですか!?」
急に振られた杏奈は頓狂な声を上げた。
「ええ。先生さえよろしければ」
「で、でも、私は……」
「いえね、これだけお世話になっていながら、何もさせて頂いておりませんし。それに……、私が須藤先生と旅行させていただきたいの。こんなお婆ちゃんでよろしければ、ね」
「そ、そんな……」
「行こうよ」
優也が杏奈の方を向いて言った。杏奈は暫く困った顔をしていたが、
「……、……えと。で、ではご迷惑かと思いますが……」
と答えた。
「――私、全然部外者なんだけど、いいのかなぁ……」
優也の部屋に戻った杏奈が、脚を組み机に肘を付きながら虚空に向かって言った。
「いいじゃん。多いほうが楽しいし」
「んー……」
「……知らない人と会うの緊張するの？ 先生でも？」
杏奈が渋る理由は別にあったが、優也の最後の一言に、
「『先生でも？』って、どういう意味だ？」
と優也を睨んだ。すると優也はその杏奈に向かって顔を近づけてくる。
「こら、勉強中」
「先生まだ後半始めてない」