出会い-3
「このまま調査をすすめ、追って報告させていただきます。
赤ん坊の出生が不明な以上キュリオ様もお気をつけください」
「・・・・・」
大臣の心配する言葉が聞こえなかったように、キュリオは女官たちに抱えられている幼い少女の姿を静かに見つめていた。
大臣が部屋を出て行って間もなく、食事の支度のため退室した女官たち。
彼の自室には幼い赤ん坊とキュリオだけが取り残された。
「大人しい子だねお前は」
キュリオは自分の腕の中、声もあげずにじっとしている幼子(おさなご)に目を向けると・・・大勢に抱き上げられ疲れたのか、ウトウトと目を閉じかけている可愛らしい姿が視界に飛び込んできた。
「ゆっくり眠るといい、おやすみ」
クスリと笑みを向けたその心には、言いようのない感情が込み上げ・・・
彼はその想いを唇にのせるように少女の額に優しく口付けを落とした。
そして、ゆっくり窓辺に近づき手身近な椅子に座ると、いつのまにか夜の帳(とばり)が降りていることに気が付いた。
(もう夜か、今日は一日が過ぎるのが早い気がするな・・・)
その時、腕の中の小さなぬくもりがわずかに身じろぎした。
(起こしてしまったか?)
と手元へと視線をうつしてみるが、起きる気配はなさそうだ。
「お前はどこから来たんだい?」
「・・・・・」
赤ん坊から聞こえてくるのは健やかな寝息だけで返事はない。
キュリオは指先で赤ん坊の額にかかる前髪を優しく梳くと、彼女の頬に顔を寄せ・・・囁いた。
「どこから来たかなんて関係ないさ・・・」
「・・・あぁ、それよりいつまでも"お前"じゃ可哀想だね」
(明日、ゆっくり考えることにしよう)
わずかに高鳴る胸に気付かずにキュリオは寝台へと向かう。
この白く大きな天蓋(てんがい)のベッドに、いまだかつて彼以外の人物が立ち入ることはありえなかった。それを躊躇(ちゅうちょ)することなくそっと胸に抱いた赤ん坊を横たえ、穏やかな寝顔をもう一度見つめる。
「良い夢を・・・」
半ば、離れがたいような気持ちを抑えながらキュリオは音もなく部屋をあとにする。
(あのくらいの子の食事といえば、やはりミルク・・・だろうな)
キュリオは食事の用意されている広間ではなく、厨房へと足を向けるのだった―――
食事を任された料理人たちは大小さまざまな銀の器を並べ、芸術とも見まごうほどに美しい夕食を次々に作り上げていた。見事な手さばきで、彼らに剣を持たせたら一流の剣士だと噂されるくらいだ。
「よしっ!あとは果実を盛りつけて終わりだな!」
「はいっ!」
廊下を歩くキュリオの元に、年期のはいった・・・しかし張りのある威勢のよい男の声が響いた。
(この声は・・・相変わらずだな)
口元に笑みを浮かべ、その声に導かれるようにキュリオは迷いなく歩みをすすめる。
見習いであろう若い男が長身の老人に怒鳴られながら懸命に果実を盛りつけている。その眼差しはとても真剣で、横から口を挟む老人はどこか楽し気だった。
「い、如何でしょうか・・・ジル様」
震えるような声で呟いた若い男が一歩下がり、隣の老人が前にでた。
「ふむ。悪くはない」
腕組みをして盛りつけられた果物を眺める老人の言葉に、若い男は日に照らされたような明るい笑顔をみせた。
「ほ、本当ですかっ!?」
しかし、男が喜びの声を上げると・・・
「しかぁぁしっっ!!!
儂にはまだまだ及ばぁああんっ!!!」
ガハハッと豪快に笑う老人を見た周りの料理人も、つられて笑いだす。まわりを包むこのあたたかい雰囲気は彼の人柄の良さによるものだ。
「ジル、いつもすまないね。あとで酒を届けさせよう」
品のある落ち着いた声が突如厨房の入口から発せられ、そこにいた全員の視線が一点に集中する。
ある者は呼吸するのも忘れ・・・またある者は完全に動きを止めてしまった。
「おぉ!これはこれは!!キュリオ様っっ!!」
ただ一人、ジルと呼ばれた威勢のよい老人だけが嬉しそうに彼の元へと駆け寄っていったのだった。
「キュリオ様だ・・・」
「俺はじめて・・・みた」
「この方が・・・」
ジル以外の人間は我も忘れ、恍惚の眼差しでキュリオを見つめている。透き通る雪のような肌に、宝石よりも美しい青い瞳。隙のない流れるような品のある立ち振る舞いは・・・王になるべくして生まれてきた者・・・唯一無二の、まさにキュリオだった。
動きを止めた料理人たちに目を向けたキュリオは、すまなそうに声のトーンを落とした。
「・・・邪魔をしてしまったかな?」