出会い-2
片手で扉を閉めたキュリオは、大事そうに小さな赤ん坊を両手で抱え直した。
そして部屋の奥へと歩みをすすめ、湯殿へと足を踏み入れた。
柔らかい布ぬくるまれた赤ん坊を優しくあやしながら上質な衣を脱いでいく。
「体が冷えてしまうな・・・」
そして、きょとんと瞳を丸くしている愛くるしい彼女を布から抱き上げると
白煙の中へとふたりの姿は溶け込んでいった。
片足を湯の中にいれると、ほどよい温かさがじんわりと体中を駆け巡る。
キュリオの力により癒しや浄化作用をもったこの湯ならば浸かるだけで十分なほど素晴らしい効能があるため、あえて体を洗う必要はない。
「お前は熱くないかい?」
手ですくったわずかな水滴を赤ん坊の体にかけてみる。
すると、きゃっきゃと声をあげて頬を染める彼女。
「あぁ、気持ちがいいね」
まるで赤ん坊の言葉を理解しているようにキュリオが微笑んだ。
広い湯船の中を歩きながら、中庭を見渡せる場所まで歩く。
頬をかすめる外気に頷くとキュリオはゆっくり腰をおろした。
「・・・これなら湯渡りもしないだろう」
大きな手の平が赤ん坊の状態を確かめるようにゆっくり体をなでる。
吸い付くような心地よい手触りにキュリオは目元をほころばせていった。
「大丈夫、悪いところは何もない」
赤ん坊もキュリオの言葉を理解しているのか、それとも穏やかな彼の笑顔に安心したのか
さきほどから機嫌よさげに笑っている。
ふと、彼の瞳が真剣さをおび・・・悲しそうに眉間に皺をよせた。
「お前の父と母はどこにいるんだろうね・・・こんなに可愛いお前を置き去りにするなんて・・・」
ぴちゃ・・・と水音が響き、キュリオの周りを波紋が広がっている。
子供を手放さなくてはいけないほど国は傾いていない。それどころか国も人々の心も潤い、捨て子などしばらく出なかったほどだ。城にある孤児院などは両親に先立たれた子供など、そのような境遇の者たちしかいない。
何も知らぬであろうこの純粋無垢な赤ん坊が不憫でならないキュリオは、その小さな体をそっと抱きしめた。すると、腕の中の彼女の手が不安そうにキュリオの胸元に触れる。
「何も心配はいらないよ、私が傍にいる・・・」
赤ん坊の不安を全身で受け止めるようにキュリオはその腕に力を込めた―――――
湯殿からあがると部屋の中にはキュリオの身の回りの世話を担当している女官たちが待機していた。バスローブに身を包んだキュリオの腕の中で丸くなる少女の肌は蒸気し、淡いピンク色に染まっている。
その様子をみた女官のひとりが安心したように言葉を発した。
「とても小さくていらしたので心配しましたが・・・お体に大事はないようですね」
「あぁ、置き去りにされて間もないのかもしれない。珍しい髪と瞳の色をしているから親もすぐ見つかるだろう」
女官たちはキュリオの言葉に頷きながら、赤ん坊に上質な生地の肌着を着せてやる。
女の子らしくピンクの可愛らしいリボンがあしらわれており、白く透き通った肌によく似合っていた。
「んまぁ!本当に珠のように可愛らしい子っ!!」
うっとりしたように頬を染める彼女たちは次々に赤ん坊を抱きかかえる。
赤ん坊はというと、ぐずりもせず、ただ驚いたように彼女らの顔をじっと見つめていた。
「キュリオ様、失礼いたします」
「入れ」
かしこまったような声が扉の外からかかりキュリオが答えると、大臣の一人が深く頭を下げながら入ってきた。
「赤ん坊の発見された場所、その容姿から現在付近の村や町をあたっております。
今のところ有力な情報はありませんが、いささか気になる目撃情報がありまして・・・」
「話を聞こう」
二人はキュリオの部屋の一角にある白銀の細工が施されている美しいソファに腰をおろした。大臣の話を聞きながら運ばれてきた紅茶のカップを手に取ると、民に目撃されたというその内容がにわかに信じられず・・・女官に抱きかかえられている赤ん坊に目を向けると静かに呟いた。
「・・・まさか、な」
「赤ん坊が関係しているかどうかはわかりませんが、
その衝撃ののち、あの泉の水が干上がってしまっていたのは事実のようです。」
「・・・警戒心の強い聖獣の森に足を踏み入れる者がそういるとは考えにくいが、
第三者が関係していると考えるのが妥当か・・・」
(我が子を捨ててしまおうと考えている者が聖獣の森に立ち入るようなことがあれば・・・彼らに心を読まれ、自らの命さえも危険にさらされるはずだ)
「ええ、
キュリオ様のお力が行きわたるこの悠久の地で、泉が枯れるようなことは今までに例がありません。」