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それから私は無言のまま服を着直して板東の部屋を出ると、焦ってトイレに駆け込み、備え付けのビデを使って中を洗いました。まるでカーペットにこぼれたヨーグルトのように、あの男の出した物が自分の身体の中にしつこくこびり付き、放っておいたらだんだん内部に染みこんでいくような気がして、ずっと長い時間その狭い空間に閉じこもって、私は声を殺して泣いていました。
どうして泣いていたか、という理由は、今考えてもよく解りません。恋人の龍に申し訳ないことをした、という感情は、実はその時にはあまりありませんでした。というより、その時の私の心の中は、龍のことを思い出したりしてはいけない、最愛の龍に関することを一切考えてはいけないといったある種の強迫観念に支配されていたのです。
そしてその次の晩、また板東は私の部屋を訪ね、あの個室に誘いました。
そのドアの前で立ちすくんでいた私の腕を掴み、彼は半ば強引に自分の部屋に連れ込みました。
私はいつの間にか下着姿であのベッドに再び横たわっていました。その三日目の晩は、もう私の感情はほとんどなくなっていました。その時何をしたいのか、この男にどんなことをされたいのか、そして何を感じたいのか、そのことごとくを私は考えることができなくなっていたのです。自暴自棄になっていた、とも言えるかもしれません。今、自分が犯しているこの過ちが、その後恋人の龍や私自身の心の中に深い傷となって残ることさえ全く想像できていませんでした。
その時の私は、身体も感情も、そして心も、完全に無反応になっていたのです。
でも、この夜私は覚醒しました。切れていたスイッチが再び入ったのです。
板東が三日目にして初めて私の乳房に興味を示し、指で触ってきました。皮肉なことにその行為が私を正気に戻してくれました。なぜなら、私が恋人の龍と愛し合う時、彼は必ず時間を掛けて私のバストをたっぷり慈しみ愛おしんでくれるからです。温かな唇や舌で舐め、咥え、吸い込み、大きな手で優しく包み込み、ぎゅっと抱きしめながら二つの膨らみの間に自分の顔を擦りつけて熱いため息をついてくれるのです。
この日、板東に触られた時、その記憶がめまぐるしい勢いで私の身体と頭に甦ってきました。その瞬間、覆い被さっていたこの男の身体をはね除け、私はその部屋を飛び出したのです。
一緒に実習に参加していた親友のユウナが、宿舎の私の狭い部屋で待ち構えていました。そしていきなり私の頬を殴りつけました。彼女は私が板東に身体を預けたことを知り、激怒していました。最愛の恋人である龍を差し置いて私が欲望の赴くままに行きずりの男に抱かれたことを強い言葉で容赦なく非難し、叱責してくれました。龍への『裏切り』という表現は、この時彼女の口から発せられたものです。
それから私は我を忘れて部屋の中で夜通しずっと泣き叫んでいました。愛しい龍の名を何度も何度も口にしながら、枯れることのない涙を流しながら泣いていました。ユウナはそんな私の背中をずっとさすってくれていました。
幸い、板東とのセックスで私は妊娠することはありませんでした。しかし、そんなことは問題ではありません。身体の中に出されたこの男のおぞましい体液がいつまでも残っているような気がしてしかたがなかったのです。私は一刻も早く龍に抱いてもらって、彼と繋がりあい、燃え上がって、彼のものを身体の中に注ぎ込んで欲しいと強烈に思っていました。そうやって板東との忌まわしい時間を浄化してしまいたかったのです。
でも、同時に私はほとんど諦めてかけていました。こんなひどい裏切り行為に走った女を、龍が以前と同じように恋人として愛してくれるはずがないだろうからです。身から出た錆とは言え、私はそれを思うと胸が張り裂けそうでした。そしてもう二度と手にすることができなくなるかもしれない龍の身体の温かさや優しい声、柔らかな唇を思い出しながら泣き続けるしかありませんでした。