(その1)-1
…白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうがあの子をつつむ
誰も気づかずただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない そして舞い上がる
空に憧れて 空をかけていく
あの子の命はひこうき雲…
あのとき、私は高校三年生だった。
蝉の鳴き声が遠い耳鳴りのように聞こえてきたとき、白いひこうき雲が私の瞳の中にすっと細
い筋を描いて青い夏空の果てに昇っていった。そのとき、ふと、ユーミンのあの歌を口ずさん
だことがある。
なぜって… あの男の子が私を見ていたような気がするから。
早朝の人もまばらな駅のホームで、少し離れたところに立って電車を待っていた彼はいつも私
を見ていたのだ。確か私と同じ高校の一年生の男の子。名前は「吹田カオル」だったかしら。
一度、学園祭で私の演劇を見に来てくれたことがある。でも、どうしてあんなに私を見つめて
いたのだろうか。いや、もしかしたら、私が見上げたあのひこうき雲を見つめていたのかもし
れない。私はその視線の意味がわからなかった。
そしてあの日、私は彼の視線に背を向け、私が生まれ育った街をあとにしたのだった…。
―――
ええっ、店長、こんなものを店に並べていいんですか。
私がバイト先のコンビニの倉庫で見つけたのは色褪せた三本のアダルトビデオだった。「出演
… 風間 澪」懐かしい名前をふと目にする。それは私が出演した古いAVだったのだ。
もう、何年前になるだろう。最初のAVを撮ったのが二十四歳のときだから、あれから十二年
がたつのだ。私はこれまで「風間 澪」という名前で何本かのAVを撮ったが、いつのまにか
店頭や通販で見ることはなくなった。古いけど在庫品処分だから半値で店頭に並べてくれと
面倒くさそうに言う店長は、ラップされているAVの表紙の女性が私であるとは気がついてい
ない。おそらく誰も私であるとは思わないだろう。
あの頃のボーイッシュな髪型も今は長く伸ばしているし、何よりも当時のやや細めの顔も体型
も、いいのか悪いのか、今はどこもふっくらとしている。いつのまにか変わってしまった自分
の姿に、私は小さなため息をつき、ちょっぴり懐かしさと気恥ずかしさを感じながら、手にし
た自分のビデオを成人コーナーの書籍といっしょに店頭に並べる。
徹夜での店の棚整理を終えたあと、朦朧とした頭を抱えていつもの行きつけのカフェに行く。
チャイ風アイスミルクティーの甘い香りが疲れたからだを優しく癒してくれる。冷えたポット
からグラスにティーを注いだとき、ポットの注ぎ口から少し漏れ気味になるのはいつものこと
だ。この店自慢の手作りチーズケーキを店長のおばさんがサービスしてくれた。
早朝のカフェの窓から見える樹木の葉が朝露を含み、きらきらと夏の光を湛えていた。
土曜日の早朝はいつもの常連の女の人が、店の片隅のテーブルでパソコンを開いている。
「谷 舞子」さんだった。舞子さんは四十歳半ば頃の気さくな女性だ。バツイチらしいが詳し
いことを聞いたことはない。ネットに投稿する官能小説を趣味で書いているらしい。