(その1)-2
ノリコさんって、まだまだ三十六歳じゃない、若いわよ。うらやましいくらい。それにしても
徹夜でのお仕事も大変だわね。舞子さんが煙草に火をつけながら言った。もう、なれましたか
ら平気ですよ、と私は、笑いながらミルクティーをストローで吸い上げる。香ばしさが疲れた
胃の中に心地よく滲み入るようだ。
来週の土曜日も来るでしょう、と舞子さんに言われたので、私は夕方になることを告げた。
まさかアダルトビデオに、自分が出演するなんて思ってもみなかった。
人前で裸になってエッチなことをするのに抵抗がなかったわけではない。でも「あのこと」が
があって以来、私は自分の中に張りついているもうひとりの私を、別の女としてどこか遠くで
眺めていたいとずっともがいていたような気がする。それがAVに出るきっかけになったのか
どうかは自分でもよくわからなかった。
十二年前、私がまだ二十四歳のときの夏の昼下がりだった…。
新宿で突然、私に声をかけた頭髪の薄い口髭の男は、年齢は三十歳半ば頃で、名前をイチムラ
といった。「イチムラ企画」と書かれた名刺を差し出し、アダルトビデオに出ないかという誘
いだった。どうして私なのかわからなかった。そんなことが好きな女性はほかにもいっぱいい
るはずなのに、なぜ私なのだろう。でも、すごくギャラがよかった。その頃、お金がなかった
私はその誘いを受け入れたのだった。
初めてのビデオは女子高生ものだった。セーラー服なんて恥ずかしいわ。私っていくつだと思
っているのよ。いやいや、まだ大丈夫だよ。きみってセーラー服の清楚な感じがぴったりだよ。
ちょっと男っぽいけどかわいい顔しているしさ。そう言うイチムラの言葉はやっぱり嘘っぽい
けど、何となく変な気分になる。初めて会ったというのに彼はなれなれしく私の肩に手をあて
て言った。
ビデオの題名は「淫乱女子高生 穴汁」変なタイトルだ。ストーリーは、女子高生役の私が、
放課後に先生役の男に誘惑され、体育倉庫に連れ込まれてセックスをするという定番のものだ
った。フェラチオはいいけど、アナルセックスは抵抗があった。
ええっー、お尻の穴なんていやだわ。どこでやっても同じだろうとイチムラは涼しい顔をして
言うが、やっぱり違うものだ。とりあえず、しぶしぶ了承した。カメラはイチムラが担当し、
相手役は、黒縁の眼鏡をかけた眉の濃い太った中年の男だ。打ち合わせのとき、ニコニコと
笑みを浮かべたその男は、物腰こそ柔らかかったが、眼鏡の奥に豚のような卑猥な眼をだらし
なく弛ませた男だった。こんな先生に誘惑される女子高生の気が知れないが、あくまでAVだ
と割りきる。この男のもので私の穴がふさがれる。ただそれだけで二週間分のバイト代をもら
えるのだ。
自然体でいいからさ…なんて、イチムラは小声で私の耳元で囁く。自然体ってどういうことだ
ろう。男のものを私の穴という穴に受け入れる。どうして男って女の穴が好きなのだろう…
なんて、変に不思議に感じる。入れるのはいいけど、妊娠するのはいやだからね。大丈夫だよ、
今回はゴム付きだしね。
私は「あのこと」があってから、セックスが嫌いだった。ほんとうは嫌いなのにこれまで数人
の男とからだを交え、AVなんて撮ろうとしている。私ってどうかしているわ…なんて思いな
がらも、私の穴の中に男のものが挿入されることにたいした意味があるわけじゃないなんて
かってに自分で納得している。要するに私はセックスに対して「あのこと」以来、醒めている
のだ。