彼女が水着に着替えたら-3
またしても襲ってくる劣等感にへこんでいた、その時。
「……倫平」
ふと聞き慣れた声に、ガバッと効果音がつきそうなくらいの勢いで顔を上げる俺。
そこには、穏やかに微笑んでいる沙織の姿があった。
「沙……織」
何年かぶりに再会できたかのように声を震わせた俺は、ちょっと泣きそうになっていたかもしれない。
でも、それほど、沙織の姿が恋しくてたまらなかった。
卑屈になっていた俺の心を、この笑顔が癒していくのがわかる。
「……さっき、ごめんね」
「え?」
「ほら、車。あたし、助手席に……」
もじもじしながらこちらを窺うその申し訳なさそうな顔で、さっきの嫉妬で歯ぎしりしていた自分を思い出す。
正直、ハッキリ断らなかった沙織にイラついたりもしたけれど、沙織が俺に微笑んでくれただけで、それすらどうでもよくなっていた。
卑屈さじゃ誰にも負けない俺だけど、たった一つ、沙織がこうしてそばにいてくれるだけで、俺の心のトゲを取り除いてくれるんだ。
俺って、単純。
「いいよ、気にしてないから」
俺の言葉に、沙織は安堵したのか、ふわっと眉間の力が抜けたように見えた。
「倫平……あのね」
「ん?」
彼女を見れば、心なしか頬をピンクに染め、大きな瞳はあっちを見たり、こっちを見たりと落ち着かない様子。
うーん、可愛い!
そんな沙織の様子に萌えつつ、彼女の言葉を待っていたら。
「海に行ったら、一緒に遊ぼうね」
それだけの他愛のない一言を残し、沙織は踵を返した。
「…………」
頭の中に、ポンと花が咲く。
端から見れば、なんてことのない会話だろう。
みんなで海水浴場に行くのだから、一緒に遊ぶのは当然なわけで。
だけど、俺にとって沙織の言葉は「愛してる」と言われるくらい(言われたことないけど)、幸せな気持ちにしてくれた。
さっきの沙織のはにかんだ笑顔。軽やかな足取りに合わせて揺れる、ポニーテール。
それだけで俺はだらしなく目尻を下げて、彼女の後ろ姿を見送るのだった。