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想いを言葉にかえられなくても
【学園物 官能小説】

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想いを言葉にかえられなくても《アラベクス》-5

 在りもしない妄想が黒い霧となって忍び寄る。えも言えぬ感情……幼い頃の独占欲とは違う…。……知ってる。これは嫉妬だ。
「あんたは苺の…」
「馬鹿。誤解受ける様な事言うなって」
 俺の言葉を遮って、今まで黙っていた籠崎龍奏が口を開いた。
「悪いな。気を悪くさせて。」
 俺の心の内側を見透かした様に謝ってくる。
「秋田は馬鹿でな。たまにこうして走り過ぎる所がある。」
 隣りで秋田恭介が困った笑いを浮かべている。つまり……?
「本当にただの友達なんだ。それに、こいつは結婚してるんだ」
 籠崎龍奏が肘でつつくと、慌てて首にかけたチェーンを持ち上げ、先端にぶら下がっている指輪を見せた。
「驚きました?俺、学生結婚なんです」
 照れた様に笑う。なんだ…そうなのか。安堵する自分がいる。
 …だよな。苺と同い年なら俺とも同い年だし。二十歳なら有り得るしな…。
「……いや、こちらこそ悪かった。つい疑ってしまって」
「いやいや。説明も無しに興奮して話した俺も悪いから。……それより、疑ったって事は…」
 期待する様な目付き。多分、最初の質問の事だろう。もう腹はくくってある。恥ずかしがる理由も無い。
「あぁ。苺の事は変わらず好きだ。帰りたいし『約束』も果たしたい。ただ、なかなかタイミングが掴めなくて」
 そうだ。これが本当の気持ち。何にも属さない酒井聖二の答えだ。

「決まりだな」
「決まりッスね」
 顔を上げると満面の笑みを二人が浮かべていた。そして同時に……
『卒業式ライブで歌ってくれ!』
 と声がハモっていた。


………………
 あの暑かった夏も過ぎた。季節の移り変わりは早く、気が付けば卒業式ライブも明日に迫った。
 窓の外は雪模様。東京の街並みを白く飾っていく。
 俺は自宅のマンションで柔軟をしながら身体を温めていた。念入りなストレッチ。身体をほぐす事は、声の出し易さにも大きく関連している。この半年で身をもって知った事実だ。
 卒業式ライブでは籠崎龍奏が原作のドラマ『月に溺れる花』の挿入歌である『Strawberry』を歌う事に決まった。……と言うか、それしか歌えないと言うのが正しいが。
 あのドラマは視聴率も群を抜いて高く、歌手として無名だった俺の挿入歌も相乗効果で、ランキングの上位に食い込む程の売れ行きだった。

 まぁ、そんな事はどうでも良いとして…。あの夏の話し合いは、タイミングをつけられない俺に対する天の助けだった。
「卒業式ライブで盛り上がった後に『約束』を果たすなんて感動的だろ?」
 と、自信有りげに話す二人。全てがいっぺんに円く収まるらしい。
 そして俺は本格的にボイストレーニングを始め、結果的には売れた事にも繋がった。
 その楽曲を吹奏楽バージョンに編曲したのが籠崎さんだった。ピアノを主旋律におき、他の楽器が伴奏で盛り上げる。そして、そのピアノは恭介が受け持つ事になった。幼い頃に習っていたらしく、練習する度に勘を取り戻していく様子に驚いた。

「あー。あーーーー」
 腹式呼吸で腹から声を出す。深夜だからここまでの練習で切り上げよう。
 すでに脈打つ心臓をなだめる。時計を見上げるともうすぐ日付が変わる。

 俺は今、ギリギリの位置にいる。明日を逃したらもう二度と無い。後戻りは出来ない。……やるしかない。

 時計の針がゆっくりと日付をまたいで行った。


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