想いを言葉にかえられなくても《アラベクス》-4
俺より10以上年齢が上の敏腕マネージャーは口を尖らす。妻子持ちのこの男は意外に腰が低い。だからつい、タメ口になってしまう。
「ごめん。っつーか籠崎龍奏ってこれから会う小説家なんだよね?」
バックミラー越しに笑顔になるマネージャー。籠崎龍奏のファンらしい。
「はい。ドラマを通じて対談をしたいと。なんと先方からのオファーですよっ!!」
「うわっ、マネージャー前見ろって!」
興奮して、直に後ろを振り返ったマネージャーを注意する。意外に子どもらしい。
「人嫌いで有名なんですよ。だから私、嬉しくて。本当に酒井さんのマネージャーで良かったですっ」
今度は泣き出した。マネージャーのテンションは上がりっ放しの様だ。
窓から流れる外を見つめる。スモークがかかっていて鮮明に色は判らないが、流れる車が太陽の光を反射している。
今日も暑くなりそうだ。
………………
車を降りたのは、有名なホテルの一室。人嫌いは本当らしい。そんな隔離された場所で、俺は二人の男と対面していた。
一人は年上感の漂う知的な男。褐色の肌に黒いスーツを着こなしている。多分、籠崎龍奏だろう。そしてもう一人は…
「初めまして。秋田 恭介(アキタ キョウスケ)です。」
Tシャツにくたびれたジーパン。背が高く細身。いかにも同年代の男だ。
しかし、驚いたのはそれからの話だった。
「高崎苺をご存じですか?」
秋田恭介がすぐに切り出した。耳を貫くその一言に…首を縦に振った。
「良かった。人違いじゃなくて。」
安堵の色を示すが、よく意味が分からない。
「いや、今日は先生にお願いして、この場を設けさせてもらったんです。」
秋田恭介はにこにこと話を続ける。
「え…っと、つまり?」
「ハッキリ言います。
高崎苺をどう思っていますか?帰る気はありますか?『約束』を…守る気はありますか?」
……胸が詰まる。今まで避けて来た、目をつぶって来た問題をさらけ出された。頭の中を飛び交う気持ち達。
もちろん好きだし、帰りたい。『約束』だって守りたい。だけど…六年目は今年だ。今はまだ夏だが冬になれば苺も二十歳になる。……今すぐにでも帰りたい。だけど、不器用な俺はタイミングを計れずに、今日まで越してしまったのだ。
「イチコは…イチコって言うのはあだ名なんですが…。その…俺の友達で。部活も一緒にやってました。」
答えられずに黙っている俺を見兼ねて、秋田恭介が話始めた。
「イチコは今も悩んでます。口には出さないけど『約束』があるんだって事有るごとに言います。でも、今年がその『約束』の年だって解ってからイチコは笑わなくなりました。」
ズキズキと胸が痛む。自分勝手な俺の影で、苺は悩んでいる。今も昔も変わらずに、俺のせいで…
「最近は諦めたって言ってます。…でも、俺はどうしても叶えてやりたくて…イチコが大事なんです。諦めて欲しく無いんです。だから今日、お願いに来ました。」
頭を下げる、その姿にがあまりにも必死に見えた。他人事なのに。自分には何のメリットも無いのに。
『イチコが大事』
そんな小さなフレーズが引っ掛かる。
…こいつは苺を抱いたのだろうか。苺の特別になったのだろうか…