交換日記-9
『こんにちは。私から話し始めるのは初めてですね。風邪でもひきましたか? せっかく健康な体なんだから大事にしないと』
風邪なんかよりよっぽどひどい。骨折しているのだから。
『私なんかと違って正人さんは走り回れる体なんですから。大切にしないと何時か後悔しますよ? 私みたいに』
さっきからやたらと大事にしろ、大切にしろと言ってくる。今日はどうしたのだろうか。
『これから書く事、正人さんには関係ない事だと思います』
若干足首が疼いてきた。それに体が熱い。骨を折った後は熱が出ると医者が言っていた。ここにきて解熱剤の意味が分かった。
『返事は返してくれなくてもいいです。けど、読むだけでもいいから読んでください』
錠剤を袋から取り出し、水と一緒に飲み込む。それが終わると、視線と意識を日記帳に戻す。
『明日、手術するんです』
いつもと字体が違う感じがする。それに注意して見てみると、所々紙がふやけている箇所が見受けられる。
『そんなに難しい手術じゃないから大きい病院じゃなくても出来るし、普通ならよっぽどひどくない限り、九割以上の確率で成功するんですって』
何故、普通なら、と書いたのだろうか。嫌な予感が脳裏を過ぎる。
『でも、私の場合、普通の人より体力ないから、だから手術の途中で死んじゃうかもしれないんですって』
嫌な予感が当たってしまった。同時にふやけた箇所の意味も分かった。
『手術が成功して私が生きてる確率、どのくらいだと思います?』
だんだんと胸が熱くなってきた。それは熱のせいではないだろう。
『良くて20%。可笑しいでしょ? 普通の人の五分の一ほどしか成功しないなんて』
視界がぼやけて、文字が読みにくくなってきた。それでも無造作に涙を拭って読み続ける。
『でも、今手術しないと成功率はどんどん下がるし、このままほっとくと後二ヶ月ぐらいしか持たないんですって』
涙が一粒、目尻から零れた。白い紙に取り込まれ、文字を少し歪ませる。
『今まで私の相手をしてくれてありがとうございました。正人さんとお話し出来て良かったです』
彼女はもう、覚悟してるのだろう。自分と一つしか変わらない娘が、こんな思いをしなければならないなんて。そう思うと涙が止まらない。
『最後に一つだけいいですか? もし手術が成功して、私が生きてたら、その時は会いに来てくれませんか? 病院の名前は上土谷総合病院です。正人さんの住んでいる街に同じ名前の病院があったら、その時は会いに来て下さい』
立ち上がり時計を見る。時刻は七時二十分。
父さんにちょっと行ってくるとだけ伝え、家を出る。母さんの声が聞こえたが、気にせずチャリに乗ってペダルを踏む。