処女寺 〔後編〕-10
浴槽に入る前、弥生もメイも、いつもより念入りに掛け湯をした。そして、そろって浴槽に身を沈める。ぬるめの湯が心地よかった。身体に染み込むようだった。
「ねえ、メイちゃん。……ゆうべは和尚様に可愛がってもらった?」
母親に問いかけられ、娘は赤面し、顔が半分、湯に没した。
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。……メイちゃんがセックスの良さを知ったら、それでいいの」
「……………………」
「将来、すてきな旦那様を見つけた時、たっぷり愛してもらいなさいね」
「…………うん」
今朝のメイはいつも以上に口数が少なかった。母親が昨夜、どうやって暇をつぶしていたか、などということも尋ねず、ただ目を閉じて、昨夜の疲れを湯に溶け込ませていた。
そんな娘の無口が、今日の弥生にとっては幸いだった。昨夜の二穴性交のことを知られたら、なんと言い逃れしたらいいか分からなかった。
(でも、凄い体験だったわ……。あんなに乱れたの、初めてかも……)
弥生は、うっとりと昨夜の交情を思い返していた。そして、ふと、娘の顔を見て思った。
(ああ、メイちゃんも、なんだかうっとりしている……。あんな表情、今まで見せたことがなかった……。やっぱり、きちんと「女」になれたのね……)
母親は心の中で、玉泉和尚に手を合わせた。
遅めの朝食を戴いた後、親子は帰り支度をしていたが、寺の面々への挨拶をする前に、弥生だけが玉泉の居室に呼ばれた。
「これはどうも……」座っていた住職が深々と頭を下げた。「このたびは色々とありがとうございました」
「とんでもございません、玉泉様。お礼を言うのはこちらでございます」弥生は正座し、畳に手をついた。「娘が見事、破瓜を成し遂げ、ゆうべは、その……、女の悦びを知ったようで……」
「拙僧の力がどこまで及んだか知れませぬが、ともあれ、無事に終わることが出来、重畳でございます」
「あらためて、ありがとうございました」
「……ところで、ここに貴女だけをお呼びしたのには、ちと、わけがございましての」
「なんでしょう?」
「この寺は処女寺……。処女のための寺」
「ええ……」
「処女のための寺があるということは、童貞のための寺もある……」
「……そうなので……ございますか?」
「ある。この処女寺は千葉県木更津市にあるが、同じ我が県の一宮町に洞庭湖なるものがあり、そのほとり、木々に囲まれてひっそりと建つのが『童貞寺』なのじゃ。」
「はあ……」
「その童貞寺では、今、性戯を教え授ける女性が不足しておりましての……」
「……それで?」
「それで、弥生どの。……貴女に童貞寺に赴いてもらい、まだ女を知らぬ若者たちを相手に性の手ほどきをしてもらえないものかと……」
「……と、とんでもありません、性の手ほどきだなんて……。わたしは夫ある身。無理、無理。絶対に無理ですわ」
「いや、これは失礼いたしました。今のは冗談でございます。……しかし、童貞寺があることは事実。経験豊富な女性により童貞を卒業する……。これは草食男子が増えている昨今、必要なことだと思いますがいかがかな?」
「……ええ。そうかもそれませんね」
「処女寺では女に性の喜びを教え、童貞寺では男に女のイロハを教える。これと似たようなことは熱帯の未開の地では盛んに行われていることなのです。村の女盛りが若い男に性の手ほどきをし、村の年長けた男が生娘の破瓜を担う」
「まあ、そうでしたか……」
「我が国でも、戦前は同様のことがあったようです……。それが絶えた今、この処女寺のような寺が全国に増えていけば、人が減り、空き屋が増えるという傾向に歯止めがかかるやも知れませぬ……。これをもう一度伝えたくて、貴女をお呼びしました。……お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「……いいえ」
弥生は立ち上がり、退室しようとした。
「ああ、弥生様」
「はい?」
「気が向けば、今度はお一人でお越しください。その折には、童貞寺のことについて、もっと詳しくお話ししましょう」
玉泉の言葉に、弥生は慎ましやかな微笑みでもって応えた。その笑みには、断固たる拒絶が色濃く漂っていた。が、髪の毛一本ほどの可能性がなきにしもあらず、であった。
(おわり)