10.知らずに上がった舞台-6
「口に、出していいから……」
紅顔しながら、男の方はとても見れずに、ドアに向かって言う。
すると突然、男は歩み始め、悠花の背中を手でグッと突いて部屋の中へ押し込んだ。手を離すとドアが自動的に音を立てて閉まった。
「あっ……!」
悠花は急に押されてヒールの高いパンプスでバランスを崩して転びそうになってよろめいた所へ、バタン、と扉の閉まった音が思いの外大きく聞こえる。ついに二人きりに、誰の目も気にすること無く陵辱が可能な場所に足を踏み入れたのだ。
何度も鳴らしたチャイムで漸く扉が少し開いたのを、竜二が手を入れて強引に開く。
「おっせーよ、ババァ。とっとと開けろや」
出てきた50代の管理人の女を押しのけて中へ入って行く。
「あ、あの。へ、返済はまだのはずじゃ」
怯えた声で竜二に問いかける。遅れて健介が入ってきて鍵を閉めながら、
「ちげーよ。おい……、ババァ、今入った二人、何号室に入った?」
と詰め寄る。
「な、何がですか?」
「イラっとくんな。もういい」
管理人の女が突然の取立屋の来訪に、いつ暴力がやってこないか怯えた様子で身を縮ませるのをよそに、二人は三台のモニタの前に据えられたカウチに並んで腰を下ろし、機材を操作し始めた。竜二の操作によって、画面には様々な部屋の様子が切り替わり映し出される。ほとんどはホテルヘルス嬢がサービスをしている場面だった。
「うえっ」
画面を切り替えていく途中で、中年の太った裸の女が背後から犯されて、ひどい顔でよがっているのが大写しになって竜二が顔をしかめる。二人の暴力がやってこないことに安心した女は、逆にこの二人がここにやってきた目的が分からず怪訝な顔で後姿を眺めていた。この管理人の女は長くラブホテルを経営して、バブル期にはかなり羽振りがよかったが、景気が落ち込むと徐々に事業を縮小せざるをえず、最後に残ったこのラブホテルを住居兼店舗とすることで細々と暮らしていた。しかし、ある日闇金屋にそそのかされ金を借りてホストクラブで遊ぶと、50にもなってバブル時に味わった色欲が押しとどめられず、あとはもう転げ落ちるように借金を繰り返し身を持ち崩していった。担保にしていたホテルの権利書を取り上げられ、財産をすべて巻き上げられた。このまま身一つで放り出してもよかったが、組織は借金がゼロにならないように適度に夜遊びの飴を与えて忠誠心を維持しつつ、引き続き女にこのホテルの管理人をさせた。主に系列のホテルヘルスで利用させて収益を上げるためだが、真の目的は別のところにあった。ホテルを手に入れると、組織はすべての部屋に隠しカメラを設置して録画できるように改造した。目をつけた金を持っている男に対し、組織の息がかかった女に美人局を行わせ、強請する際に証拠となる物件を隠し撮りするためで、これまで何人もの男がその餌食となり、社会的地位を守るために金を払っていた。
「あ、あの……」
管理人の女は二人の背後から声をかける。
「……何だよババァ」
竜二が機器を操作しながら、見もせずに問うと、
「あの……、403です。たぶん」
と、壁のパネルを指さした。全部屋の使用状況が把握できる電光パネルが設置されている。客がいるときは黄色で、精算が終わり退室したら赤に変わることを合図に清掃に入り、清掃が済み次の客が入れるようになると水色となる。管理人の女が指した403号室は、黄色のランプが点滅していた。
「あ? ピカピカしてんの何だよ」
「入口で部屋を選んで、入室するまでは、ああなるんです。まだ部屋には入ってらっしゃらないようですね……」
竜二と健介は顔を見合わせると、運がいい、というように、ハイタッチをした。
「まさかVIPに入ってくれるとはなぁ」
4階の部屋は、他のフロアよりも広く、ベットサイズも大きめで設備も他の部屋に比べたら豪華になっている。村本が1階で、悠花を楽しむならば一番いい部屋で、という心理で選んだ部屋は、経営側からはVIPルームと呼ばれている部屋だった。それは設備だけではなかった。VIPルームに潜ませているカメラは高精細のもので、数も三台、しかも他の部屋にはない集音マイクまで装備されている。美人局を行う際も、優先的に女にVIPルームに進むように仕向けさせ、より言い逃れのできない証拠を抑えるようにしている。