開示-1
緑川の胸の上でレナータは目を覚ました。いつ眠ったのかしらと思い出そうとしてもできなかった。たまらなくトイレに行きたくなって起き上がろうとしたとき、緑川の指に気づいても、レナータはそれを平気で外し、立っていった。
用を足してきたレナータは、寝ている緑川を見ながら、緑川の飲み残したグラスを空け、新しく注いで飲んだ。この人は本当に自分のことが必要なんだと思い、できれば家を出て一緒に暮らしたいと切なく願った。緑川を虐待者と捉えるなら、レナータのこんな気持ちに心理学では何か名前がついていることだろう。
レナータの母は日本人だった。けれどもほとんど家にいないばかりか、酔っての朝帰りにはレナータが起きるほど悪態をついて床につき、レナータをよく殴った。お前なんか欲しくなかったと言われたこともあった。それでレナータは、本当の母親はよそにいるのではないかと夢見るようになっていた。理想の家族を空想して眠るのが習慣になった。緑川に対して粗相ばかりしてきたと思っているレナータに緑川は一度も怒ったことがない。それは実際には緑川に責のあることなのだったが、とにかくレナータにとって新鮮だった。
先日、緑川がくれた本はヤーコブレフの文庫だった。本など自分から読んだことがレナータはなかった。読んでみると、時の経つのも日々のことも忘れる体験だった。それ以来、レナータは図書室へ通うことを覚えた。この人といればまたいいことがあると信じてレナータは疑わなかった。
よく晴れていた空が曇り、暗くなってきた。そのうちに雨音が聞こえ始めた。レナータは緑川の胸に酔った体を横たえた。
交代に目を覚ました緑川はうつろな頭でトイレに行ったあと、習慣的にレナータの中に入り込んだ。一週間の悩みをそこに捨ててしまってから、緑川も再び眠りに落ちていった。