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音楽
【純愛 恋愛小説】

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音楽―前編―-1

気付いたら、そこは空だった。街の雑踏が遠く下の方に見える。

やがて横にいた白い羽根を持った天使が優しい声で囁いた。

「お疲れ様です。よく天寿をまっとうされました。」

 あなたを天国にお連れします。そう最後に付け加えて、天使は手を差し出した。

斎藤隼人、若すぎる人生の終わりと新しい人生への始まりの瞬間だった。



誰かの泣く声が聞こえる。誰かの呼ぶ声が聞こえる。

隼人に白い羽根が与えられ「天国」に案内された。広く壮大で、解放感がある場所。ここで次に転生されるまで過ごすことになる。

ここで過ごしている間に名前も記憶も全て亡くしていく。リセットされていく場所でもあった。

でも声が聞こえる。誰かが泣いている声が聞こえる。

天国の入り口まで案内されて、隼人と天使は立ち止まった。

「ねぇ、天使さん。この世に未練があるんです。」

天使はまっすぐ天国の入り口を見つめる隼人に顔を向けた。隼人は入り口を見つめたまま言葉を続ける。

「僕を戻してくれませんか?」

「天国に二度と入れなくなりますよ?そのまま消えてしまうかもしれません。」

「声が聞こえるんです。僕を呼ぶ声が…ずっと耳から離れないんです。僕はきっととても大切な事をやり残してきた。」

隼人の言葉には力があった。もう一度、今度はちゃんと天使の目を見て願いを伝える。

「僕を戻してください。」

天使と隼人は何も言わず見つめあった。隼人の眼差しは揺るぎないもの。天使は天国の入り口に一度目をやり、再び隼人に視線を戻した。

「魂ごと消滅するかもしれません。悪魔にさらわれてしまうかも。」

隼人は頷く。どれほどの言葉を綴っても隼人の意志に揺らぎはない。それを分かった天使は呆れたように微笑んだ。

「あなたの担当は私だ、どこまでも付き合いますよ。」

「ありがとうございます。改めて、僕は斎藤隼人と言います。」

天使は自らの名をシンと名乗った。そして二人は来た道を引き返すことになる。この世に残した未練をなくすために、いるべきでない場所に帰っていった。

斎藤隼人がこの世を去ってから一週間が過ぎていた。

「未練があると言っても一体どこに行くんだ?」

すっかり長期戦になる事を覚悟したシンは、かしこまった態度をとらなくなった。まだ若い、さわやかな青年なシン。


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