音楽―前編―-7
ふたりが付き合うようになったのは、まもなくのこと。由香の勢いあまっての突然の告白に、隼人は由香らしいと笑った。
隼人が選んだ大学を由香が志望大学にしたのは、隼人の取り寄せた資料を見たのがきっかけだった。
たまたま自分の希望する学科があり、由香好みの設備、新設というあたりが不安だったが十分な魅力があった。
隼人に自分も受けていいかと頼み込み、見事二人とも合格して同じ大学に通い始めたのである。
キャンパスこそは違うが、同じ大学に二人で入ったという事に由香は心から喜んだ。
いま、その大学の屋上に彼女はたった一人でいる。
力のない表情で涙を流しながら、かすかな歌声を響かせていた。
由香は知らなかった。
隼人の心臓に限りがあることを、その為に長くは生きられないことを。
そして今、元気で生きていることが奇跡であることも。
由香がそれを知ったのは大学二年の初夏だった。隼人が急に倒れたと連絡があり、急いで病院に向かった。病室にいたのは隼人の両親と古くからの彼の親友。
由香はなんとなく嫌な予感がした。ベッドに横たわる青白い顔。今まで見たことない隼人の姿に抱えきれない不安が襲う。
その日の夕方、隼人は自分の口から自分の体のこと、短い命のことを告げた。
由香は動揺しながらも、ひとつひとつ理解するように話を聞いた。涙を流さず、目を潤ませながらも最後まで隼人の話を真剣に聞いていた。
「由香、僕がきみに言いだせなかったのは…これを告げるときが別れる時だと思っていたからなんだ。」
「どうして?」
「きみを縛りたくないから。」
「縛る?どうして?!」
「僕は、由香と離れるのが恐いんだ!口に出せば…きみは離れていくかもしれないし、余計に縛り付けてしまうかもしれない。我儘だけど、失いたくなかった!一人で死んでいくのが恐かった。」
震えた声で隼人は叫ぶ。泣くのを必死に堪えているように見える姿は、いたたまれなかった。彼をなぐさめるわけでもなく、由香は隼人を責める。
「…突然あなたに死なれた私はどうなるの?」
「由香…。」
「何にも知らされないで急に隼人を失った私はどうしたらいいの!?」
由香の目は一瞬で隼人の目を捕らえ、離さなかった、押さえ込んでいた涙が少しずつ溢れだしてくる。そんな由香を見て隼人は何も言えなくなった。
「隼人のかけがえのない時間の大切さを、二人で居ても…私には分からない。隼人と同じ価値観をもつことができない。」
由香の言葉に隼人は何も動けない。
「隼人の苦しみも私には分からない。隼人の恐怖を私が和らげることもできない。私は…っ!」
思いを言葉にできずに、由香は反射的に右手で口を押さえた。左手は胸元で服を握り締めている。