音楽―前編―-4
「見つかったのか?」
「はい。見つかりました。」
達成感に満ちていてもいいはずなのに、その顔は浮かない。原因なんかは分かっている、だがあえてシンは問い掛けてみた。
「どうかしたのか?」
「…最後のお別れを。ちゃんとすることができなかったから。」
「そうか…。」
「行きましょう、あまり時間が無い。この手紙を届けないと。」
隼人と由香が初めて話したのは高校の屋上だった。
放課後の教室に隼人はいた。テスト週間ということもあり、ほとんどの生徒が校舎に残っていなかったが、テスト週間も関係なく部活にはげむ声も聞こえる。
廊下ではテスト勉強しながら帰る生徒もいた。教室に残って勉強しあう子もいた。
さまざまな音が交ざる中、ふとかすかに歌声が聞こえてきた。
辺りを見回しても声の主はいない。透き通るような綺麗な声、隼人は声の主に興味がわいた。声の出所を探すべく教室から出ていく。
下?いや違う、上だ。そう自分で分析しながら上に昇っていく。ほとんど空耳に近い小ささの声は間違いなく近づいている。
最上階でも声の主は見当たらない。残るのは屋上だけ。階段を昇り、隼人は勇気を出して屋上へのドアを開けた。
そこに居たのは寝そべっている女の子。スリッパの色から同学年ということが分かる。
耳にイヤホンをつけていて、しかも大音量らしく離れた隼人にも聞こえてくるくらいだった。当然、彼女は隼人の存在なんて気付いてはいない。
歌声の主は間違いなく彼女だった。英語の歌詞を本場訛りで歌いこなし、歌唱力は抜群なほどうまかった。
透明感のある声。迫力こそは欠けてしまうが、隼人の心を魅了するには十分すぎるものだった。
放課後の屋上シンガーこそが、由香だった。
やがてふいに由香が視線を隼人の方に向け、ようやく隼人の存在に気付いた。
「さ、斎藤くん!?」
由香は真っ赤になりながらイヤホンを外した。その仕草をみて隼人は不満の声をもらす。
「あ、邪魔しちゃった。いいから続けてよ、今の曲好きなんだ。」
「あ、いや、その…。」
「overjoyed、スティービー・ワンダーでしょ?それ歌えるなんてカッコイイよ、羨ましい。」
「斎藤くん、この曲知ってるの!?」
由香は勢い良く体を起こし隼人の言葉に食い付いてきた。その目はきらきらしていて、待ち構えたものがやっときたかのような雰囲気だった。隼人は驚きながらも由香に歩み寄る。
「知ってるよ、けっこう有名じゃん。」
「うっそ!嬉しい!誰も分かる人が居なくて初めて会った!」
「本当?意外だな。」
「でしょ?ね、この曲とか知ってる?」
由香は興奮しながら自分のイヤホンを隼人に渡し、音楽をならした。由香の思ったとおり、隼人の中に違和感なく音楽は溶け込んでいく。