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音楽
【純愛 恋愛小説】

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音楽―前編―-3

隼人は驚きを隠せず、ただシンの顔を見ていた。明らかに動揺している。シンはそんな隼人の様子を見ながら言葉を続けた。

「記憶も名前も、リセットされる。やり残したことをするには、あまり時間が無い。」

「自分が消える…。」

「…あの子は隼人の何なんだ?」

シンの言葉に隼人は再び「由香」と呼んだ女性に目を向けた。かすみがかかる記憶の中で懸命に答えを探す。

かすれた歌を歌う由香の目から、静かに涙がこぼれ落ちた。彼女はぬぐうことをしない。泣いていることにも気付いていないようにも見える。まるで当たり前のように、自然にその涙は頬をつたった。

「彼女は…僕の…。」

音になるかならないかの小さな声で由香は呟いた。

「隼人…。」

その瞬間、全てが甦る。

「彼女は僕の…大切な人です。」

隼人の顔つきが変わった。拳に力が入る。隼人はまっすぐに大切な女性を見た。涙を流す彼女に触れることはもう、できない。

「シン、思い出した。やり残したこと。」

「…なに?」

「僕は彼女に手紙を渡していない。」

隼人の記憶が鮮明になる。彼女に渡すことができなかった手紙の在処は、隼人の部屋の机の中。

「手紙を彼女に渡したい。」

シンは頷いて同意する。二人の視線の先には、哀しげに涙を流す彼女がいた。

やがて二人は彼女を残し、隼人の自宅に向かった。平日の昼間、家には誰の姿もない。

和室の仏壇には真新しい写真が飾られていた。改めて実感する自分の死に隼人は向き合う。

「本当に死んだんだ…。」

無意識に声に出てしまったことに隼人は気付いていないだろう。しばらく遺影とされた自分の写真を眺めていた。

やけに外の音が響く。笑顔の隼人が写る遺影は変に鮮やかでまだ仏壇には馴染んでいなかった。

「大丈夫か?」

「大丈夫。手紙を探そう。」

精一杯の笑顔はとても切なかった。自分の部屋に向かった隼人を見送り、シンは一人和室に残る。

もう一度、遺影の中の隼人をみた。

「死んでから戻ってくる事ほど残酷なことはない。」

シンの思いが言葉になって表れる。

「あいつの強さを信じなきゃ…。」

そう決意したあと、シンは隼人の後を追って部屋に向かった。部屋の中にたたずむ隼人の手には封筒があった。


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