音楽―前編―-2
彼は全身真っ白な衣裳に身を包んでいる。タンクトップにジャージのような上着、ちょっとだぼっとしたボトム。スタイルは街中で見る若者のようだった。
整った顔立ち、ダークブラウンの髪がさわやかさを際立たせている。思わず見とれてしまいそうな姿、シンはそんな天使だった。
「歌声のもとへ。」
「歌声?」
「誰かが歌う声が耳に残っているんです。」
白い羽根を広げ、二人は大空のなか歌声のする方へ向けて飛んでいる。
「なんとなくこっちから聞こえているような気がして。すみません、付き合わせてしまって。」
申し訳なさそうに隼人はシンの方を見て謝る。人の良さそうな雰囲気にシンは怒る気などない。
「気にしない。これも仕事のうちだし、こういうの嫌いじゃねえよ。」
シンは明るく笑い、隼人の肩を叩いた。シンは隼人よりいくつか年上のようだった。隼人に残る幼さがシンにはみられない。
「ありがとうございます。」
シンの明るさにつられて隼人も笑顔になる。人をひきつける魅力は天使だからか、隼人は少し心も暖かくなったようだった。
「…あ。声が聞こえる。」
「隼人?」
「確かにあの歌う声が聞こえる。」
隼人は判断をもちかけるようにシンの方を向いた。シンは迷わずに同意する。
「行ってみよう。」
緑に囲まれた広いキャンパスの一角にその屋上はあった。天気のいい日の屋上は人気があるのだが、今は講義中だからか、そこにはひとつの人影しかなかった。
広い屋上を満喫することなく、ドアの傍に腰を下ろし壁に体を預けていた。
屋上を独り占めしているのは、ゆるいパーマをかけたセミロングくらいの髪をなびかせた女性。
隼人とシンは空から彼女の姿を確認した。隼人の目は彼女に釘づけだった。
消えそうな声でかすかに彼女は歌っていた。メロディーなのか言葉なのかも分からないくらい不確かな音楽だったが、その透き通るような声は天使を引き寄せるのにも十分なほど魅力があった。
「由香…。」
無意識に隼人は視線の先にある女性の名前を囁いた。その声に驚いていたのは隼人本人だった。
「僕は…いま…。そうだ、彼女を僕は知っている。でもさっきまで…。」
「忘れていた、だろ?」
「シン…僕は…。」
「羽根が生えた瞬間から、次の転生への準備が始まる。記憶も少しずつ消えていくんだ。」