音楽―前編―-10
手紙の内容を恐る恐る読んでいく。みるみる涙が溢れてきた。
「隼人…っ!」
途中で涙が止まらなくなり手紙を読めなくなってしまう。溢れだす涙がどうしようもなく、由香は目も開けられないくらいだった。
「由香、泣かないで…。」
目の前で泣き崩れる由香に隼人は触れることもできない。震える肩を抱きしめる事ができない。
「僕はきみを泣かせる為に…これを書いた訳じゃない。」
由香の涙は止まらなかった。手紙を胸に抱き泣き崩れる。隼人の名前を何度も呟きながら、由香はうずくまった。
とても見てはいられなかった。
「由香、僕は…っ!」
隼人の目に手紙が映った。力強くつなぎ止めるように由香の胸で抱えられた隼人の想い。まだ全ては届いていない。
「…泣くなよ…。」
目の前で、自分を恋しくて泣き崩れる恋人がいる。いま確かに目の前にいるのに、姿も声も想いも届かない。
「由香、僕はここにいる。ここにいるから…頼むよ…。泣くな…。」
屋上に由香の泣き声がかすかに響く。
「きみを泣かせる為に、ここにいるんじゃないんだ…。」
もどかしさで涙がでる。隼人はもう泣き崩れる由香を見ていられなかった。
笑顔が似合う彼女、隼人は自分で由香の笑顔を奪ってしまった。
「…隼人、その子に触れる方法がある。」
二人のあまりの切ない姿にシンは重い口を開いた。しかしその表情は厳しい。
「シン…?」
「でも、そうするとお前は消える。リセットする為の時間はなくなり、すぐに消えてしまう。」
「消える…。」
「準備期間に使えるエネルギーを今ここで一気に出せば…その子にお前は見えるし、触れることも、言葉を交わすこともできる。」
隼人は泣き崩れる由香に視線を戻す。シンの言葉がやけに静かに隼人に響く。
「でもそうすると、へたしたらこの場で消える。」
シンが言いきった。
目の前に愛しい人がいる。救いたい人がいる。隼人に迷いがあるはずもなかった。
「由香に会いたい。」
やがて隼人は光に包まれはじめる。感覚の戻った体は懐かしいものだった。
隼人は泣き崩れる由香をそっと抱きしめた。
由香は突然の感覚に思わず顔をあげた。視界がやけに明るい。何か光るものが由香の周りを包んでいた。
「由香…泣くなよ…。」
その声に由香は反応する。聞き覚えのある声、聞きたかった声だった。よく見ると光は人の形をしている。由香は顔のあたりにゆっくりと手をやった。
やがて輪郭がはっきりする。
音楽―前編―おわり