9.綻び-1
9.綻び
収録が終わって演者たちがスタジオから立ち去り始める。悠花も撤収準備に入っているスタッフに挨拶をしながら、控え室の方へ歩いていく。
「おーい、悠花ちゃん」
馴れ馴れしい声を掛けられた方を向くと、最近東京の番組の出演が増えている芸人がジーンズに両手を突っ込んで肩を竦めるように立っていた。
「あ、お疲れ様ですー。何ですか?」
「今日の夜な、芸人集まっての飲みあるんやけど、悠花ちゃんも来うへん? 男芸人ばっかやからさぁ、来てくれると華があってありがたいんやけど……」
最近こうした誘いに声を掛けられることが多くなってきた。誘ってくる多くはこれまで悠花が持っていたイメージの通り芸人だったが、以外にはミュージシャンや若手俳優といったあたりも、カッコをつけながらも悠花の事を狙ってよく誘ってきた。
「あー、そうなんですかー」
「な? ココだけの話、マサヒロ兄さんも来んねん。兄さん前々から悠花ちゃんのことファンやって言うてるから、ごっつ喜んでくれると思うで」
冠番組を持っているお笑いコンビの一人の名前を挙げる。軽い女ならば、名の売れたお笑いを出せばミーハーについてくると思ってるのかもしれない。だが正直悠花には全く興味がなかった。テレビへの出演が増えたが、たくさんの関係者が参加する番組後の打ち上げならばいざ知らず、こうして個別に誘われて追いていったことは一度もなかった。
「ん〜、ごめんなさいっ。今日ちょっと用事があって……」
「えー、なになに? デートなん?」
「違いますよー。仕事です、仕事。明日の朝、撮影ロケで朝、超早いんですよぉ。またぜひ、誘ってくださいね」
何か言葉を繋ごうとしている芸人を置いて、にこやかな表情を向けてもう一度頭を下げ、踵を控室へ向けて立ち去った。
写真集が発売された直後から、テレビ出演等の雑誌モデル以外の仕事が一気に増えた。事務所が攻勢をかけて売り込んでいるのだ。悠花の認知度は日に日に高まり、商品のイメージガールとしての起用に名乗りを上げてくるスポンサー企業が次々と現れていた。メディア業界で一旦商材が売れ始めた時の、その隆盛する時のスピードは、モデル一本の時と比較すると尋常ではなかった。ファッションモデルの場合、モデル一人につき一人のマネージャが付くということは稀である。悠花の事務所にも所属モデルのマネジメントを行うスタッフはいたが、数人のモデルを担当し、予定を調整して仕事を手配するという管理方法で、ファッション誌の撮影現場に一緒に来るということは殆ど無い。女優業やタレント業が増えてきて、単独の仕事よってマネージャの人件費をペイできるようになってやっと専属のマネージャが付く。悠花にも来週から専属のマネージャが付くことになった。そういった「格」からも、今時分が芸能界で確実にステップアップしていっているという実感がある。
「あ、お疲れ様ですー」
控室の前で、今日担当してくれたスタイリストが待っていた。
「お疲れ様です。着替えられたら、そのままにしておいてもらっていいですから」
『La Moda』編集部が手配してくれたスタイリストだった。悠花がブレイクすることは間違いないと踏んでいるファッション誌の出版社としても、女優やタレントを目指して近いうちに「卒業」してしまうということは分かっている。それでも専属している間は最大限にそれを活かそうと、スタイリストの派遣費用を持ってくれている。テレビ出演クラスともなると、パイプハンガーに並べられた何着もの衣装からイメージを相談しつつ選ぶことができた。モデル撮影の場合は、もちろんそれがモデルの仕事なので当然だが、決められた衣装を着る。だがテレビ出演の場合は、悠花の趣味や気分で衣装を選ぶことができた。それが新鮮で仕事をする上でも楽しかった。