揺れる想い-8
明くる月曜日。朝からケンジと一緒に学校へ行ったケネスは、夕方ケンジよりも先に帰ってきた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい。ケニー、先にお風呂いいわよ」母親が促した。
「すんまへん。ほな遠慮なくいただきます」ケネスはそう言って、二階のケンジの部屋に入っていった。
着替えを持って階下に降りる前に、すでに部屋にいたマユミに声を掛けた。「マユミはん、お風呂先にいただいてもええですか?」
「あ、ケニー君。お帰り。いいよ。あたし先に済ませたから」
「そうでっか。ほな」
ケネスは階段を降り、浴室に入った。
風呂上がり、ノースリーブ姿のケネスは、マユミの部屋をノックした。
「どうぞー」
「すんまへん。お邪魔してもええですか?」ケネスは手にチョコレートの箱を持っていた。
「いいよ。どうぞ」マユミはケネスを部屋に招き入れた。
「はい、これ、マユミはんの好きなチョコレート・アソート」
「え? どうしてあたしが好きなチョコレートを?」
「ケンジに訊きましてん」
「そ、そうなんだ……」
「ケンジ、ちょっと遅くなる言うてた」
「ふうん」マユミはそのつれない反応とは裏腹に、ひどく残念そうな顔をした。
ちらりと横目でその様子を見たケネスは静かに口を開いた。
「マユミはん、伝えたい事、あんねけど」
「え? 何?」
「ケンジな、こないだの大会、全然あかんかってん」
「知ってる」
「その原因がな、言いにくい事なんやけど、マユミはんなんや」
「え? あたし?」
「マユミはん、ケンジが出場する大会には毎回欠かさず行ってたんちゃうか?」
「え?」
「ほんで、昨日は初めて見に行ってやらなんだ。そやろ?」
「と、友だちと約束があったから……」マユミはケネスから目をそらした。
「裏付け完了」ケネスは小さく言った。
ケネスは後ろの床に手をついて、マユミを見た。
「ケンジはそんな事一言も言わへんのやけど、わい、あいつと話してるとわかるんや」
「え?」
「ケンジにとってマユミはんが欠かせない人なんやっちゅうことが」
「…………」
「わいな、もう何週間もケンジと一緒に学校で過ごしとって、はっきり解る事が一つだけあんねん」
「はっきり解る……事?」
「そや。ケンジはあんさんの事が大好きやって事」
「えっ?!」
「それも、ただの妹としてではのうて、一人の女のコとして誰よりも好きなんやって事」
「そ、それは……」マユミは焦ったように目を泳がせた。
「毎日毎日顔合わせる度に、わいケンジからあんさんの事聞かされてきた。今日は妹がどうしたーとか、マユの好きなのはメリーのチョコレートでーとか。そらもう会話の8割はあんさんネタや」
「そ、そうなんだ……」
「でもな、ケンジのやつ、最近あんさんと気まずうなって、めっちゃ落ち込んでるねん」
「ど、どうしてそんな事がわかるの? ケニーくん」
「街で会うた時のあんさんらの雰囲気と、大会でのケンジの様子とのギャップ。あの時とまるで別人のような顔しとるわ、今のあいつ。何があったんか知らんけど、気まずうなったん、大会の前やろ?」
マユミは小さく頷いた。
「あいつは何でもすぐ顔と口に出るねんな。なんでこいつこんな暗い顔しとんのやろ、思て、よう観察しとったら、あれほど熱く語っとったあんさんの話題がぱたっと止んでしもてる。これはもう間違いあれへん、マユミっちゅう妹との関係が悪化しとるんやな、てな」
マユミはあっけにとられてケネスの顔を見つめた。「ケニーくんって……」
「ケンジ、あんさんの気持ちが自分から離れていくんやないか、ってめっちゃ怯えとるんやないかなあ」