揺れる想い-7
マユミの部屋を出て、ケネスたちはケンジの部屋に戻った。
「本当におまえおしゃべりだな」
「大阪のおばはんの血が混じってるよってにな」
ケネスはコーヒーの最後の一口を飲み干すと、トレイにそのカップを置いた。「それはそうと、ケンジ、昨日の大会、何であないに調子悪かったんや?」
「……」
「いつものケンジやない、って感じやったけど、何かあったんか?」
ケンジはしばらく考えて口を開いた。「俺、自分でも意志が弱いやつだと思う」
「弱い?」
「そう。些細な事が気になって、大切な時に集中できなくなっちまってた」
「いやあ、今までのケンジやったら多少の事で力を出せなくなったりせえへんやろ。……そうか、今回のは些細な事やなかった、っちゅうことやな。何? どないしたんや? 言うてみ」
ケンジは少しの間黙っていたが、やがて決心したように顔を上げた。「大会の時の俺を見てほしい人に見てもらえなかった、とだけ言っとくよ」
「へえ」ケネスも少し考えて続けた。「いつもその人はケンジを大会の度に見に来てくれてたんか?」
「ああ。いつも。欠かさずな」
「待てよ、おまえ彼女おれへんかったんちゃうか?」
「いや、彼女とは違うから」
「女の人か?」
「もういいだろ。俺も大会でいい結果出せなかったから落ち込んでんだ。蒸し返さないでくれ」
「何やの、自分から言い出したくせに……。勝手なヤツやな」
「い、今言ったことは忘れてくれ」ケンジは焦ったようにカップを口に運んだ。
「ま、いいけどな。ん?」ケネスは、ケンジのベッドの布団の隙間から白い布が少しだけ出ているのに気づいた。
彼はそれを引きずり出して広げた。「なんや? これ」
「あっ! やめろ。そ、それに触るなっ!」
「おおっ! 女物のショーツやんか!」
「よこせっ!」ケンジはケネスの手からそのマユミの下着を奪い取った。そして真っ赤になった。
「考えられる事その1、ケンジは普通の高校生で、女子の下着に興味があり、それを一人エッチのアイテムにしている。その2、実はケンジは女装癖があり、夜な夜なそれを穿いて近所を出歩いている。さあ、どっちや? 白状しい」
「残念ながら前者だよ。そんな格好で外を出歩くわけないだろっ!」
「わいはいっぺんぐらい、そんな下着一枚で表、出歩きたい、思てるで。考えただけで興奮するやんか」
「俺はノーマルなんだよ。お前みたいな変質者じゃない」
「『変質者』。ええ言葉やなー」ケネスは笑った。「ほたら、そのショーツの元の持ち主は誰なんや? 考えられる事その1、マユミはんの干してあった洗濯物に手をつけた。その2、母親の干してあった洗濯物に手をつけた。その3、自分で購入した」
「なんでそんな事いちいち聞く必要があるんだよ。いいかげんにしろ」
「いやいや、これは男同士で語らう話題の定番、エロトークの一種やないか。あんまり深く考えんと、答えるんや、さあ!」
「エロトークって……おまえな」
「最も簡単に手に入るんは妹はんのやろけど……。見たところお母はんの年代が穿くようなショーツではなさそうや」
ケンジはぶっきらぼうに言った。「そうだよ。マユのだよ。悪いか」
ケネスはにっこりと笑った。「ケンジは健全やな」
「誰にも言うなよ」
「言わへんて。それにわい、明後日には日本からいなくなるよってにな、話したくても面白がって聞いてくれる人、残念ながらカナダにはおれへん」
「そういう問題じゃない」
「なあ、ケンジ、正直に遠慮なく言わしてもらうけどな、おまえとマユミはん、雰囲気おかしいで」
「な、何だよ、いきなり」
「何度も言うようやけど、ほんまはもっと仲ええんやろ? こないだのデートの時の雰囲気とはえらい違いやないか」
「だから、デートじゃないって」
「それにやな、学校でもいつもおまえの口からマユミはんの名前が出てくるやんか。にこにこ生き生きして語っとるやん」
「た、たまたまだ。そんなのおまえの思い過ごしだ。別に普通の兄妹だし」
「そうか? そうかなあ……」
ケネスは目を閉じて腕組みをした。
「もう遅いから寝るぞ」ケンジは客用の布団を床に敷き始めた。そしてさっさと自分はベッドにばたんと倒れ込み、灯りを消してしまった。
「おいおい、ケンジ、お客さんに対して失礼やないか。なんやの、勝手に電気消さんといて」
ケネスも仕方なくケンジが敷いてくれた布団に横になった。
◆