揺れる想い-5
3-2 理解者
8月13日。日曜日。
その日の午後。ケンジはケネスを連れて帰宅した。
「紹介するよ。こいつはケニー。ケネス・シンプソン。俺と同い年」ケンジが言った。
「い、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。自分の家だと思って」母親が引きつった顔でそう言うのをマユミは隣であきれ顔で見ていた。
ケネスは右手を母親に差し出しながら言った。「よろしゅう頼みますわ。わいケネス・シンプソン言いますねん。愛称ケニー。二晩やけどお世話になります」
「ず、ずいぶん流暢な、」母親が口をぽかんと開けて呟いた。「大阪弁だな」父親が背後で腕をこまぬいて同じように呟いた。
その日の夜。ケニーと共に食卓を囲んだケンジたちは、いつもと違う雰囲気での夕食をとっていた。
「で、ケニーはどうしてそんなに流暢な、その、大阪弁をしゃべるのかね?」父親が切り出した。
「わい、10歳まで大阪に住んでましてん。母親が大阪のおばはんですよってにな。ほんで小学校高学年の時に父親の母国カナダに引っ越したっちゅうわけですねん」
「ほう……」
「カナダでは水泳で記録を持ってるんだって?」母親が訊いた。
「へえ、中学生の時に全国大会まで行きましてな、100mバタフライで三位に」
「そりゃあすごい!」
「わい、自分の能力を伸ばすために今回日本に来ましてん。ほんで水泳の強豪校に留学しとるっちゅうわけですねん」
「バタフライか……。ケンジとライバルってわけね」母親がケンジをちらりと見て言った。
ケネスがミニトマトを口に入れ、もぐもぐさせながら言った。
「それはそうと、ケンジの妹はん、ごっつかいらしな。改めて見ると」
「え?」マユミは海老フライを箸でつまんだまま、動きを止めて顔を上げた。
「ケンジもイケメンやけど、妹はんも素敵なべっぴんさんやで。わいにもこんな妹おったら毎日なんか買うてきたったるけどな。マユミはん……やったな?」
「そう。マユミだ」ケンジがぽつりと言った。
「マユミはん。名前もいけてるやんか。わい、惚れてまうな」
「ふざけんな。ケニー」
ケネスは箸を咥えたまま口をとがらせた。「何やの、冗談やんか。なにキレてんねん、ケンジ」
「もういい。部屋に行くぞ。早く片付けろ」ケンジは食器を持って立ち上がった。
「ごちそうさま。めっちゃうまかったです」
ケネスは丁寧に手を合わせた後、慌てて立ち上がりケンジの後を追った。
「待ってえな、ケンジ」そしてどたどたと階段を上がっていった。
「親しそうだな」後ろ姿を目で追って父親が言った。
「あれを『親しい』というのかしら……」母親も言った。
ケンジの部屋に入ったケネスは、ドアを開けて中に入るなり言った。「さっき荷物置きに来た時も思ったんやけど、」
「何だよ」ケンジが無愛想な口調で言った。
「この部屋、女の子の匂いがするな」
「ぎくっ!」
「彼女、おらんはずやろ? ケンジ」
「い、いないよ、彼女なんか」
「つき合うてる女子、ほんまにおれへんのか?」
「いないって。神に誓って」
「誓わんでもええ」ケネスは鼻をくんくんと鳴らした。「なんでやろなあ……」ケネスはケンジの顔を見た。
ケンジは目をそらして言った。「コーヒー飲むか? ケニー」
「おお、ええな。わいコーヒー好っきゃねん。ごちそうしてくれんの?」
「ああ。待ってな」
ケンジは階段を降りた。丁度降りた所でマユミと鉢合わせをした。「マ、マユ……」
「コーヒー淹れた。今持っていこうと思ってたとこ」
「お、おまえの分も、」
「あるよ。でも自分の部屋で飲むから、気を遣わないで」マユミは自分のカップを手に持つと、二つのカップとデキャンタの載ったトレイをケンジに預けて、自分だけさっさと階段を昇っていった。