揺れる想い-15
――明くる8月15日。火曜日。
空港のロビー。ケネスは大きなリュックを背負って、ケンジの高校水泳部のコーチと握手をしていた。
「今度は来年の夏か? 日本に来るの」
「はい。その予定です」
「楽しみにしてるからな、部員たちも待ってる」
「おおきに。感謝します」
ケネスはにっこりと笑った。
カナダに帰国する便を待って、彼と、短期留学していたケンジの高校の水泳部のメンバー、コーチを含む関係者、頭頂の薄くなった教育委員会の教育課長らがロビーの一画に溜まっていた。
一通り、その見送りの人物にあいさつをして、ケネスは少し離れた所に立っていたケンジとマユミの所にやって来た。
「寂しくなっちゃう」マユミが言った。
「いろいろ親切にしてもろうて、感謝しとるわ。マユミはん」
「こっちこそ、いっぱい心配してもらっちゃって……」マユミはちらりとケンジを見た。
「一年後、待ってるから。今度はずっと俺んちにホームステイしろよ」
ケネスは二人の肩に手を置き、顔を近づけて小声で言った。「実はな、みんなには内緒なんやけど、」
「どうした?」
「今度はな、わいら家族、永住するするために来日するんや」
「ほんとに?」マユミが大声を出した。
「ずっと日本に住むのか?」
「秘密やで、二人にしか明かさへんねんで」
「そうか! 良かった! 俺、おまえとはずっと親友でいたいと思ってた」
「わいもや」ケネスは笑った。「来年、再会したらよろしゅう頼むわな」
ケネスはマユミに手を差し出した。マユミはそれを握り返した。
柔らかくて温かな手だった。
「それまで、アツアツの関係でおるんやで」ケネスは二人に向かってウィンクした。
ケネスの後ろ姿が出発口のゲートに消えた時、ケンジとマユミの背後から声がした。
「ケンジ」
振り向いたケンジが言った。「何だ、康男に拓志。どうした?」
「おまえを呼んだが、おまえに用はない」
「何だよ、それ」ケンジは怪訝な顔をした。
「マユミちゃんに訊きたい事があるんだよ」康男が少し赤くなって言った。
「あの……」マユミは困ったような顔でその小太りの男とケンジを交互に見た。
「こいつは、」隣のケンジがむすっとした表情で言った。「俺と同じ部活の康男だ」
「よろしく」康男はぎこちない笑みを浮かべてバカ丁寧なお辞儀をした。
「で、マユに何の話だ?」
「マユミちゃんには、本当にもう彼氏がいるんすか?」
「え? あ、あの……」
「お、俺、コクろうと思ってたんすけど……」康男は真っ赤になっていた。
マユミは慌てたように言った。「ご、ごめんなさい」
「ほら、やっぱホントの事だったんだよ」後ろに立っていた拓志が康男の肩に手を置いた。「諦めな」
「だ、誰なんすか? その彼って。お、俺たちの知ってる男っすか?」
「どうでもいいだろ、そんな事」横からケンジが無愛想に言った。「マユと彼とはラブラブなんだよ。おまえが首を突っ込む隙はない」
マユミはケンジの顔を見て恥じらったように笑った。ケンジもその視線を受け止め、にっこりと笑った。
「ちっ! だめか、やっぱり……」
康男は肩を落とした。
その哀れな姿の友人の背後から拓志が言った。
「にしても、ケンジ、おまえ妹とずいぶん仲良しだな」
ケンジは肩をすくめた。
「当たり前だ。兄妹なんだから」
そしてマユミの肩に手を掛け、二人の男に背を向けた。「じゃ、俺たち帰るから」
二人を軽くあしらうように、小さくひらひらと手を振りながら去って行くその後ろ姿を眺めながら、康男と拓志は囁き合った。
「あんなとこマユミちゃんの彼氏に見られたらどうするつもりなんだろうな……」
「ケンジも同じだろ。やつの彼女とか言う女があれ見たら引くだろ。あれじゃ思いっきりシスコンだぜ」
――the End
2014,6,28大改訂
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