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白い胡蝶
【純文学 その他小説】

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白い胡蝶-1

 朝になって、目が覚めると、僕は自分がベッドに横たわっていることに気づいた。
 そうか昨日は夜遅くまで起きてたから、起きたのが午後1時でも仕方ない。僕は大学生で、今は長い休みの中にいた。
 何もすることがない。暇だ。僕は上体を起こし、部屋を見渡す。何もない室内にぽつんとベッドがあるだけの部屋。数冊の本がベッドの脇にあるテーブルの上に有る。確かこの前友達に借りた本だ。大学の図書館にあって、借りていたのだが、期限が切れてしまい、友達から借りることにしたのだ。だがその本も今となっては余り興味のそそる物ではなくなっていた。
 丁度、真正面にテレビが有る。大きくはないが、却ってこの大きさのほうが高そうな気がする、そんなテレビだ。普通はテレビその物を鑑賞する者も珍しいのかもしれないが、正直いってテレビを点けてみようとは思わなかった。単にそんな気分じゃなかった。
 なんというか、寝起きだからなのか分からないが、とても体が怠く、目や耳といった五感がいまいちはっきりしない。僕は骨と肉の帳尻を合わせうようにゆっくりと体を伸ばした。
 そんな時だった。部屋の色に同化した一匹の蝶が、僕の身体にかかった布団の丁度膝くらいのところを、まるで自分の知らないところで起きている物事を大した関心もなさそうに聞くような感じで、とても低く飛んでいた。
 その蝶をゆっくりと眺めていると、徐々にくっきりその様相が見えてきた。ピントのボケを治すような具合に。その双葉の羽は、少し形に違いがあって、具体的な指摘をすれば右の羽が少し小さい。そしてそれは右の羽翼の歪さを意味していて、端が丸まっているようだった。羽には薄っすらと文様が見え、それはこの種の正確な分類に役立ちそうなまでに特徴的であったけれど、余りに自然に沿った筋なので、確りと観察しない限りはそれを認めることさえ困難であるかもしれない。紋白のような形状ではあるその小さな来訪者は飛ぶというよりは、舞っているようであり、それは僕に緩やかな時の流れと非力な者の両方を感じさせた。
 僕はそんな彼がどこから来たのか不思議に思った。いや、単純に彼を見るのに飽きただけかもしれない。
 僕は首を右に回すと、窓が開けられたままになって残されているのを見つけた。僕は嫌でも窓の向こうの景色を見なくてはならなくなったわけだ。
 太陽が遠くの何処かを照らしていた。僕の周りは雲だらけ。灰の汚れたそれらの膜が、太陽を遮っている。僕ではない誰かを彼女は照らしてる。誰にでも注がれるように思われるその輝きは、やはり僕には与えられるものではない。いつも僕の周りはこんな雲だらけ。太陽はずっとそこに在って、僕以外の誰かに笑顔を見せ、僕を避けて行く。
 雷がなる度に僕は非力を感じずにいられない。僕は誰も助けられない。僕は君に近づけない。僕は何故怖がられる。僕は何故生きている。僕は何故…。悩む必要のないことに時間を割くのが人間だ。それに比べて…。僕は蝶を見つめる。
(君は四階にあるこの部屋に、そんな花びらが散るような飛び方で態々入ってきてくれたんだね。)
 僕は蝶に話しかけた。もちろん声なんか出さない。声がでようが、そうでなかろうが蝶には関係がない。人語が介せればいいわけじゃない。言いたいことがあるかどうかだ。そこを皆間違える。話せるから話すのではなく、話さざるを得ないから話すのだ。
(僕は君を待っていたわけじゃないが、君を歓迎しよう。)
蝶はまるで肩甲骨を突き出すような動きで空中に留まっていた。
(君もゆっくりしていってくれ。生憎何も出せないんだ。本当僕は何もできないから。)
蝶が頷いた気がした。
(君はあの太陽の射中にいたいと思わないのか?)
蝶は僕の語りかけに応じるように僕の枕元までやってきた。
(そうか、僕は少し横になってもいいということだね。それはすまないけれど、甘えさせてもらおう。)
 生きてからずっと甘えなんて知らない気がした。
 僕は再びベッドに横たわり、蝶はゆっくりと羽を大気に合わせて反復させ、浮き、僕の鼻先に止まった。
 その時僕の意識は途切れた。


 空を飛んでいる。
 風に押されている。
 羽を動かさなければ死んでしまうような恐怖感。
 僕は窓から出た。
 風がより一層強くなった。 
 色々なものが視える。
 ふわりと浮かんだ体を通して、僕は色々なものを感じている。
 どんなものも僕の心を惹くものはない。
 僕は太陽の光が射す方へ進んでいた。
 大気に浮かぶ薄い膜のようなものを通るたびに、僕は海の風とはこんな風なのだろうかと思った。
 何も考えられることはないし、考えることもない。
 ただ本能のように、母を求める子のように、僕は彼女を求めていた。
 あの太陽のような笑顔や、太陽のような優しさや、太陽のような声を僕は求めていた。
 他の飛んでいる奴らは槍のごとく突き進み、僕を追い越していく。
 僕は風によろけながらも進んでいた。
 太陽が射す場所までは遠く、彼女の姿は見えない。
 風や他の奴らのせいで、僕はうまく飛べなかった。
 それでも必死に羽を動かす。
 風が凪、誰もいなくなって、僕は自分が始めから上手く飛べないことに気づいた。
 それでも羽を動かさずに入られない。
 そうしていると段々、花びらがしおれていくみたいに羽が駄目になってきた。
 身体が鈍くなると、何かぶつかってくる物を僕は避けられなくなって、低空飛行をしていかざるを負えなくなっていく。
 太陽が遠くの何処かを照らしてる。
 僕は遂に地面へ身体をつけてしまった。
 羽はもう動かない。
 僕は欠格者だ。
 どこからか地を這う奴らがやってきて、僕の羽をもいでいく。
 太陽が遠くの何処かを照らしてる。
 彼女が僕以外の誰かを照らしてる。

 
 僕が目を覚ますとそこには泣いている人たちが沢山いた。


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