はめ殺し-2
「あ、あの、お怪我はありませんか?」
「えっ? ……ああ、大丈夫みたい」
「でも、服にタイヤの汚れが……」
「いや、どうせ汚い服だし、気にしないよ」
「でも……」
「いいよいいよ、かまわない。ちょっと急いでるんで、じゃあ……」
「あの……」
すたすたと去ってゆく浮浪者の背中を、瑞江は見送るしかなかった。
ところが、さらに翌日、瑞江はまた、あの浮浪者と出会った。スーパーマーケットでの買い物を終え、自転車置 き場へ行くと、浮浪者とショルダーバッグを肩に掛けた若者が何かもめていた。
「こいつはおまえの自転車じゃないだろう」
「いや。おれのだよ。おじさん、何いちゃもんつけてんだよ」
「男がピンクのチャリンコに乗るわけないだろう」
「色なんて好きずきだろう。とにかくこれはおれのだよ」
「いいや。違うね」
そこへ、瑞江が声を掛けた。
「あのそれ、私の自転車ですが……。鍵は……」
瑞江はポケットをまさぐったが自転車キーはなかった。
「あれ?」
見ると、ピンクのお気に入りの自転車に鍵がさしたままだった。
「おばさんの自転車だって証拠はあるのかよ」
若者は強気に出た。
「証拠? ……証拠は……」瑞江は少し戸惑ったが、「私の自転車の鍵には小さなハート型のキーホルダーが付い てるわ。ほら、この鍵にあるのと同じような……」自宅の玄関の鍵を取り出して見せた。
「そ、それは……」
若者が少しひるんだ。瑞江の手にある鍵には金色のハート型のキーホルダーが付いていた。一方、自転車の鍵には 銀色のハート型……。すると、浮浪者が若者の肩を叩いた。
「にいちゃん。おまえには証拠はあるのかよ。自分の自転車だっていう証拠が」
「そ、それは……」
若者は言葉に詰まった。
「ま、いいや。警察には突きださねえから……」浮浪者は瑞江を見て、うなずきを確認すると「とっとと行っちま いな!」と言ったが、若者は立ち尽くしたまま浮浪者を睨んでいた。
「なんだこいつ……。やろうってのか?!」
浮浪者が凄み、さらに蹴るような仕草をしたので、若者はようやく逃げ去った。
「まったく、ろくでもない野郎だ。……まあ、あんたもあんただ。自転車の鍵は、ちゃんと掛けておけよ。じゃあ な」
立ち去ろうとする浮浪者に瑞江は声を掛けた。
「あの、おかげさまで自転車を盗まれずにすみましたが、どうして私の自転車だと……」
「これだけ個性的な色とデザインのチャリンコだ。昨日ぶつけられた時、しっかりと記憶に残ったよ」
ニッと笑ったので、瑞江もつられて顔がほころんだ。そして、うつむき、上目遣いに浮浪者を見た。声を掛けた。