見えざる凌辱者-5
声を聞こうと恵美は耳をすます。
すると、まるで映画を観ているように目の前で、先輩の部屋にいる全裸の由紀さんとシャワーを浴びてきた先輩がリビングで抱き合うのが見えた。
恵美は「嘘、なにこれ?」と言ったはずなのに自分の声は聞こえない。
「これは過去。人は未来は変えられるけど、過去は変えられない」
ジュリアの落ち着いた声が恵美には聞こえた。
「由紀姉ちゃん」
「ヒデくん」
二人の興奮した息づかいも、舌を絡ませあう音も聞こえた。
「んっ」
「ぁはぁ」
「ふぁっ、んんっ」
二人の手が、おたがいの体を手ざわりで確認しあうように肌を撫でまわす。
先輩の手が由紀の左耳にふれた。
それは先輩が興奮してキスする時の癖だ。
恵美は自分の耳に先輩の指先がそっとふれてくるのを思い出した。
由紀は唇を離すと、先輩の顔を両手ではさんで舐めまわした。
まぶたのうえや眉間、頬に舌を這わせる。
先輩は由紀の顔舐めが終わると、由紀の耳を甘噛みした。
「くすぐったいわ」
「嘘だね、由紀姉ちゃんは耳が弱いだけだろう」
由紀はクスクスと笑うと、寝室に行きベットの上に仰向けに寝そべった。
なんで気づかなかったのだろう。見えない人の愛撫があまり嫌な感じがしなかったのは
先輩の愛撫と癖が似ていたからだ。
レイは気配をたどり人気のない工事現場に来ていた。
「自分からついてくるとはな」
痩せたスーツ姿の初老のサラリーマンが、そこでブルーシートのかけられた資材に腰を下ろして煙草をくわえていた。
(なるほどね、こいつが誘発させたのか)
この建築現場、建てかけのビルはすでにこの男のテリトリーだ。
男の影が形を変えて大きくふくらみ、実体化して五匹の小鬼がわき出す。
小鬼は子供ほどの大きさで、赤銅色の肌を持ち、前屈みで長い腕がある。髪はなく顔は裂けた口だけである。
おぞましいのは股間に大人のようなぺニスが勃起していることだ。
ぎぎ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぎぃ。
軋むような声を上げて、よだれを流しながら五匹はレイの方に向いた。
「こいつらにはナイフや銃でさえもきかない。覚悟はいいか?」
レイは走り出した。
建造中の上のフロアへの階段を駆け上がる。
男が立ち上がると五匹の小鬼が跳びはねるような動きでレイを追跡する。
痩せた男は一年前とはすっかり風貌が変わっている。
今は頬は削げ、目は落ちくぼみ、肋骨が浮き出ているが、一年前までは百キロ級の肥満体であった。一ヶ月ほどですっかり全身に筋肉がついて、見た目が引き締まった精悍な雰囲気になっていた。
男は肉体の変化にともない以前では考えられないほど性欲が強まった。
ある公園の茂みの裏側で青姦している男の後頭部を石で殴り気絶させると、下半身は丸出しの怯える女の口に、女のパンティを押し込むと口をガムテープで塞いだ。
男は嫌がる女性を押し倒してレイプした。
女は射精すれば男が満足して立ち去ると思った。しかし簡単には射精せずに男は女が立ち上がれないほど脱力するまで突き続けた。
風俗に行っても時間内に射精できない遅漏。
男はレイプを繰り返した。
襲った相手からは金を奪った。
五ヶ月目、男さらに痩せた。そして勃起しなくなった。
しかし、そのかわりに小鬼を出現させることができるようになった。
援助交際をしていた女をラブホテルで三匹の小鬼に襲わせた。
小鬼どもが女の膣内や肛門にぺニスを突き入れ射精すると男も快感に酔った。
自分でレイプするより小鬼にレイプさせるようになった。
男は夫が出かけて人妻だけになる時間を狙い、小鬼を家に侵入させ人妻をレイプさせたりもした。
金を持っていそうなヤクザに小鬼をけしかけて金を奪ったりもした。
ヤクザは日本人ではない舎弟に小鬼を拳銃で撃たせたが、弾がめり込むだけで小鬼はヤクザとチンピラを殺害した。
金を見せれば女はついてきた。
小鬼に犯させ、女が一人暮らしなら脅してしばらく住みついた。
その結果、男はさらに痩せ衰え、小鬼は五匹になった。さらに二時間ほど結界を作り出して人を寄せつけないこともできるようになった。
今、レイが戦っているのはそんな鬼畜な男である。
由紀の上に重なった先輩が射精して体重をあずけてくる。
由紀が実の弟の精液をそそぎ込まれて快感に震えている。
恵美は先輩が電話をあわてて切ったのは、由紀といたからで、電車の中で恵美が感じていた時、由紀も舐められ、弄られていたからだとわかった。
ジュリアが恵美の両耳から手を離す。
そして恵美を背後から包むように抱きしめた。
「う、うぅ、ふぇっ、わあああんっ」
恵美が声を上げて思いっきり泣いていた。
ジュリアは恵美に淫霊の元である、由紀の姿を霊視させた。
恵美にはつらい試練だか、生き残るには戦うしかない。
遠距離恋愛の彼氏と別れても呪詛をかけられたら、相手に返すか自分が呪いを受けて死ぬかしかない。
呪った標的が死ねば、呪詛した者も死ぬ。
恵美と由紀の二人とも死ぬか、由紀だけ死ぬか。
「それは、あなた自身が決めることよ」
ジュリアは恵美に言った。
(さて、レイはドジを踏んでなければいいけど)
ジュリアはレイの相手はそれなりに厄介な鬼使いだとは察知していた。
鬼は死霊ではない。
レイは死霊祓いは得意だが、鬼との実戦経験は多くはない。
どちらにしても、レイは敵に狙われた以上、戦い生き抜くしかない。
あきらめれば死ぬだけだ。
鬼は何十年でも獲物を追い続ける。
レイは鬼と飼い主の男を引き離すことにした。
出現した五匹の鬼が男に憑依して融合すると、飼い主は鬼となり人にまぎれて逃げることになる。
逃がせば、犠牲者が増加するだけだ。
まだ融合まで至っていないと判断したレイは走りながら考える。