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淫霊記
【ホラー 官能小説】

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見えざる凌辱者-4

「五月の終わり頃だったと思う」
恵美が初めて襲われた夜のことを話した。
「その日、変わったことはなかった?」
恵美が何かあったか思い出そうとして、スマホでブログをチェックし始めた。
「変わったことがあったらブログに書いてるから、何か思い出せるかなと思って」
ブログには「料理するの大変、冷凍コロッケを電子レンジでチンして、食パンにはさんで食べた。一人暮らしだと、ずぼらになるのは私だけ?」と書いてある。
「特に変わったことはなかったみたい」
恵美がレイに言った。
「何かあったはず、思い出して」
「あっ」
恵美はコメントを見て気がついた。
閲覧者がコメントを残してある中に、恵美が泣いてよろこんだ短いコメントがある。
「体に気をつけて」
これだけなのだが、これは恵美の大好きな先輩からの貴重なコメントである。
「先輩、あっ、彼氏なんだけど、私のブログに、この日だけ読んでコメントしてくれたの」
「それだ」
レイがそのコメントを消去するように言った。ブログが荒らされないようにするための機能だ。
「え、絶対に嫌だよ」
レイはとても残念そうな表情をした。
「それは彼氏の携帯電話から別の人が書いたコメントだよ。強い念が込められてる」
ネットの普及は、法術師たちに革命と新たな問題を、同時にもたらした。
ネットを通じて、たとえばグラフィックで描かれた画像を呪符や仏像のかわりにできるようになった。同時に呪詛を相手にかけるために昔なら髪や爪を手に入れたり、呪う相手に接触しなければならなかったのを、相手に近づかなくても可能にした。
「別の誰かって、どういうこと?」
「本人に確認してみればいいよ」
恵美は先輩に電話をかけてみた。
「あー、もしもし」
「先輩、あのね……」
「恵美のブログにコメントってなんだそれ。俺、そんなのしたことないぞ」
恵美がまだ話の途中なのに「悪い、講義始まるから切るぞ」と一方的に切られた。
「なんかひどい……」
恵美が落ち込んだ。
「先輩、なんかおかしかった。いきなり、あわてて電話切っちゃったし」
「今夜は何も起こらない。もし徐霊する早いほうがいい。あたしの実家の番号を教えておくね。そしたら準備して迎えに来るから」
レイが帰ってから、恵美は唇に残るキスの感触と彼氏の態度が冷たく感じたことに困惑していた。
テーブルの上に置かれたティーカップに、レイのほとんど飲みかけのミルクティがまだ残っていた。
一人の部屋が静かすぎる気がして、テレビをつけておくとやけに明るいCMが流れてくる。
考えごとをしているので、テレビの放送の内容が頭に入ってこなかった。
(先輩は隠し事をしてる。やっぱり、そうだよね、私たち毎週会ってエッチしてたんだもん。そんなにエッチしたい人が我慢できないよね)
日が暮れて部屋の中が暗くなる。
恵美は部屋の明かりをつけないで、ベットに寝そべって泣いていた。遠距離恋愛を選んだ時から覚悟していたのに、つらい。

「はい、永源寺です」
電話をかけると寺だと言われた。
「あっ、ま、間違えました、すいません」
「レイから話は聞いてます。私、レイの母のジュリアです。藤原恵美さんですね」
「はい」
「今からレイを行かせますから、泊まりの準備をしていらっしゃい。じゃあ、お待ちしてます」
(ジュリアって、日本人じゃないのかな?)
一時間ほどすると、レイが部屋の前で立っていた。
「行こう。つらいかもしれないけど、がんばって」
自分のほうが年上なのに、と恵美は思う。
ほとんど眠れなかった。
まだ恵美の目は泣きすぎて充血していた。
電車とバスを乗りついで杉林に囲まれた石段のある立派な寺に到着した。
本堂の仏像や木魚のあるあたりで二人で座布団に正座していると、金髪のファッションモデルか女優のような若く美しい女性が、ジーンズとシャツというラフな服装で姿をあらわした。
「ジュリア、それらしい格好しなよ」
「ならレイがスキンヘッドになりなさい」
「丸坊主なんてかんべんしてよ」
「わかればよろしい」
流暢な日本語でジュリアは話す。
「ようこそ、藤原恵美さん」
美人に見つめられ恵美は少しドキッとした。
「おかあさんは恵美さんとお話があります。レイ、あなた、ちょっと変な人が狙ってる。かたづけてきなさい」
レイは何回か振り返りながら「しかたないな、いってきます」と出ていった。
「あの、レイちゃんはどこに?」
「修行。夕食には戻りますよ」
正座からジュリアは足をくずして座る。
「恵美さんも足をくずしてもいいですよ」
「はい、じゃあ、すいません」
ジュリアは恵美より少し年上で二十代半ば、もう少し若く見える。
「再婚ですから。レイの母親と私は親友でした」
(レイの父親はお坊さんなのに、奥さんが亡くなったら奥さんの親友に手を出したってこと?)
恵美が首をかしげる。
「親友というより戦友というべきかもしれませんね」
そう言うと「手をだして」と言われ手相でも見るのかと思ったら、その手を両手を重ねられた。
「静かに。話を聞くより視るほうが早いわ」
ジュリアに目を閉じるように言われた。
五分後、ジュリアがため息をついてつぶやいた。
「なるほどね」
すぐにジュリアは「渡辺秀明」と恵美に言った。
それは先輩の名前だ。
「ヒデくん、って彼氏を呼ぶ人、誰かわかるかしら?」
そう呼ぶのは一人だけしかいない。
先輩の地元の仲間は「ワタナベ」か「ナベ」、後輩も「ワタナベさん」か「ナベさん」と呼ぶ。
「由紀さん」
先輩のお姉さんだ。
「淫霊の正体はその人よ」
ジュリアさんは「残酷だけど、ちゃんと聞いてね」と恵美の背後に正座すると、手のひらををそっと恵美の両耳にかぶせた。
恵美の目の前がすぅっと暗くなる。
真っ暗闇の中で人の話し声が聞こえてくる。
それは先輩と先輩のお姉さんの由紀さんの声だった。


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