見えざる凌辱者-2
恵美は反対側を見る。
つり革につかまり手首をつかんでいるスーツ姿の痩せた男性は恵美に背中を向けている。
ちがう。
背後は女子高生が試験でもあるのかノートを両手に持ち立っている。
ちがう。
正面は座席に座って絶対に席はゆずりませんと言わんばかりに、腕を組んで目を閉じている人や文庫本を読んでいる人たち。
ちがう。
左乳首だけだったさわられている感触が今は、両方の乳首をいじられている感触に変わった。
恵美は声が出そうになるのを、顔を赤らめながら我慢した。
これは痴漢じゃない。
上京してきて朝に電車に乗っていて尻に何か当たってると思ったら鞄だったり、電車が揺れてふらついた人が偶然、胸のふくらみに当たってしまったり、乗り降りでさらに混み、密着してしまうこともある。
一度だけ、痴漢にスカートの上からお尻を撫でられたことがある。
服に手を入れずにブラジャーの下に直接さわれる痴漢なんていない。
(なんで、まだ夜じゃないのにぃ、んんっ!)
乳首の刺激が変わった。
生暖かいぬるぬるとした感触。
(ちょ……こんなところで乳首舐めちゃ、やだぁ)
つり革にぎゅっと力を入れてつかまり、肩からかけたバックのひもを握って、恵美は体をこわばらせているが、誰かに気づかれないか不安になった。
「ひぅっ!」
乳首から脇の下を舐められ、くすぐったいような快感が走り、恵美の口から小さな声がもれた。
隣の太った男性が顔をしかめて、体の向きを変えようとした。恵美が汗っかきでデブの自分のそばにいたくなくて何か言ったと勘違いしたらしい。
恵美は背筋をつつっと腰の上あたりからうなじまでを見えない舌先に舐め上げられて、膝から力が抜けそうになる。
(もう、やだぁ、やめてよぉ)
その次はスカートの中の脚を舐められた。
脚を閉じているから脚のつけねは舐められなかったが膝裏や内腿、足首を舐められた。
下半身を舐め回されながら、乳首は指先で弄るような刺激が走り、恵美の体が火照る。
(とにかく電車から降りないと)
次の停車駅までの我慢だと恵美が耐えていると、見えないパンティの中の恥丘の陰毛に息を吹きかけられた気がした。
見えない人の息づかいを恵美は感じた。
(えっ、なんか興奮してるみたい)
次は耳もとに息がかかった。
乳首を弄りまわすスピードが上がった。
恵美の乳首は嫌なのに反応して、自分でも痛いぐらい勃っているのがわかる。
黒髪ロングのシャンプーの匂いがほのかに香る清楚な雰囲気の恵美をちらちらと太った中年男性は見ているのは、好みのタイプなのだろう。
恵美の背後にいるショートカットの女子高生が、ノートから顔を上げた。
視線を感じて、体のラインをちらちらと男に見られていると思い、女子高生が男をにらみつけた。
「あぁっ、んっ、ああぁん」
恵美の淡い恥毛をかきわけるように見えない舌先がわれ目をなぞり出すと恵美は声を押さえきれない。
その声を聞いた女子高生が恵美の様子がおかしいことに気がついた。
(痴漢されてるんだ、かわいそうに)
女子高生は電車が駅に止まる直前に太った中年男性を指さして「痴漢!」と叫んだ。
「え、あ、僕が痴漢だって、でたらめだ」
男はうろたえながら、周囲を見ると座席に座っていた初老の女性がゴキブリでも見つけたような表情を浮かべていた。
恵美の反対側で背中を向けて、今は片手だけつり革につかまり、反対側の手で恵美の体に触れて、駅でなに食わぬ顔で逃げる気だった痩せた男が振り返り、太った中年男性に「やりそうな顔をしてやがる!」とわざと大声で言った。
車内がざわめく。
恵美はつり革につかまっていられず、その場で手で顔をおおって泣きながらしゃがみこんだ。
「お姉さん、もう大丈夫だよ、泣かないで」
クリトリスを舐められていきそうになった瞬間に感触が消えて、恥ずかしさに恵美は泣いていた。
女子高生が恵美を守るように恵美と太った中年男性の間に立つ。
太った中年男性は後ずさりするが、誰かに肩や腕をつかまれてそれ以上は下がれない。
中年男性の不運は密集した車内で恵美の女性らしい体臭を嗅いで、ちら見しながら、頭の中で恵美をレイプする妄想をしていたせいで勃起していたことだ。
女子高生が中年男性の股間に膝蹴りを入れた。
「うわ、な、なんだよ、ぐぎゃあああっ!」
「ヘンタイ、死ねばいいのに」
女子高生が言ったのを痩せた男が聞いて、ニヤリと笑った。
痩せた男は女子高生が痩せているが、それなりにいい体つきをしている。さらに気の強いところが気に入ったようだ。
もう許してと言って懇願させてみたい。
駅につくと悶絶して声を出せない太った男は駅のホームに引きずりだされて駅員に渡された。
本当の痴漢で鬼畜な強姦者は、そのまま電車に乗って去っていった。狙う相手とはあまり接触しないでおくほうがいい。
女子高生は、まだ泣いている恵美と駅のベンチで座って、太った中年男性が連行されるのをにらみながら恵美の震える膝に手を置いていた。
駅員は落ち着いていない恵美ではなく、女子高生から話を聞いた。学校に連絡したいと駅員が言うと目立ちたくないからと女子高生は言った。
恵美は、また急に見えない凌辱者に襲われるのではないかと怯えている。
女子高生に恵美はパフェをおごり、ありがとうと言うと女子高生がにこっと笑った。
下級生の女の子からお姉様と慕われるタイプの凛々しい女子高生である。
恵美は内心では痴漢にされた男性に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「許してあげたら、アイツ、またやるよ」
女子高生はスプーンを持ったまま言った。
許すも何も、あの男性は痴漢をしていない。
「あの、私、本当にあの人がさわったのか、わからないから……」
「お姉さん、優しいんだね。あたしなら絶対に許さない、地獄に落とす」
女子高生はそう言ってから「もう一個、頼んでいいかな?」と甘えた声で言う。