寄生虫-1
私が地球にやって来て1年。この1年間、地球人の生態をつぶさに観察した結果、この惑星の支配者はヒトではなく、一種の‘寄生虫’である事が分かった。その虫の宿主は無論地球人である。それはヒトに寄生し、その行動を促進し、あるいは抑制する。
この虫は、一般には地球人の引いた国境を越えると、姿が変わる。だが地域によっては、複数の国を含むまるまる一地方が、同一の虫にことごとく感染しているケースもある。これは他の生物と同じく環境に適応した結果だろうが、特に宿主たるヒトの言語に即した進化である様に思える。
次にこの虫の生態だが、驚いた事に、この虫自体に移動能力は皆無である。にもかかわらず、より多くの個体で寄り集まる習性をもち、そのためにこの虫は、ヒトの脳に働きかけるか何かして、宿主に自分の仲間をより多く集めるよう命令するらしい。(実際この惑星には、宿主であるカタツムリの行動を支配する寄生虫もいるから、私の推測はあながち間違ってはいないだろう。)
つまり地球人には、この虫に多く寄生されている個体とそうでないものがいて、その多寡が宿主の性格にも影響するという事実は、この推測の傍証と言えるだろう。
具体的には、多く寄生されているヒトは鷹揚で、精神的に余裕があり、その行動も大胆になる。また他のヒトも、多く寄生されているヒトに対しては服従の意を示す。(寄生虫の多寡が、ヒトの群れにおける地位の上下まで決定する様だ。) そのため最終的には、多く寄生されているヒトの大半が、傲慢で鼻持ちならない個体になる。
逆にあまり寄生されていないヒトはせせこましく、その行動量も減り、起こしたとしても非常に慎重になる。だがあまりに寄生されている量が減ってくると、ヒトは哀れにも恐慌状態をきたし、今度はあまりにも大胆な――成功の見込みもない強盗から強姦、はては殺人まで――、非論理的行動に出て自滅をしてしまう。どうやらこの虫は、ヒトの生命維持にも多大な影響を与えるらしく、この虫の保有量がゼロになった個体は、やがて死んでしまう。
では実際に、どの様にこの虫の移動が行われるかであるが、それは空気感染でも経口感染でもなく、ヒトの手から手へと感染していく。地球人の街を歩くと、いたるところでこの虫の移動を目撃できる。最近、地球人が箱型の機械に虫を投入するのを見て、不審に思い眺めていたら、後から別のヒトが現れて機械を開け、中の虫を回収していた。これはより効率的に、虫が移動・集合するための仕組みなのだろう。
――思えば、地球人が構築している‘経済’というシステム自体、この虫が効率的に繁栄するために、地球人の脳を乗っ取り作り上げたものに思える。なぜなら地球人は、経済活動の根幹である‘売買’という行為を、この虫の移動に基づいて行っているからだ。
私が観察したところ、地球人は非常に利己的で、自身の権利や所有を侵害されると烈火のごとく怒り、場合によっては相手を牢に閉じ込めさえする。そんな地球人が、例の虫を差し出されると、嬉々として自分の所有を差し出す。一般に、高価値な物にほど大量の虫の移動が伴うが、どう見ても等価交換が成立している様には見えないから、これも例の虫が何らかの方法で地球人の脳に命令して、少ない方から多い方へ、持たざる者から持てる者へと、効率的に移動しているのだろう。
今、人間社会では世界規模のサッカー(球を蹴り合う原始的な運動)大会が催されていて、私が潜伏するニホンという国は、調べたところサッカーが強いわけではないが一応出場していて、テレビでは連日大騒ぎしている。これなども、騒げば騒ぐほど旅行会社や歓楽街やテレビ局が儲かり、虫の移動が活発になるから、虫たちがヒトの脳に入り込んで運動し、人々を訳も分からぬままに狂喜乱舞させているだけではなかろうか?(宇宙人の私には、これほど大騒ぎするに足る案件とは、到底思えないのだが。)
というわけで地球人は、この寄生虫に行動と思考を完全に支配されており、もはや‘生殺与奪を握られている’と言っても過言ではない。地球の支配者は地球人ではなく、その支配者たるこの寄生虫たちなのだ。
私はこの1年の調査で、地球上に棲息する、ヒト以上に危険な生物の存在を突き止めた。ヒト以外の生物への感染は今のところ確認していないが、この虫に我々が感染しないとも限らない。地球侵略の際には、何よりもまずこの虫の駆除が最優先となろう――しかし、その手段にも既に見当はつけてある。上述したとおり、この虫に移動能力は皆無である。加えてこの虫たちは、金属ないし紙状の物質で構成されているので、感染に充分留意しつつ一ヶ所に集め、高熱で処分するのがてっとり早いと思われる。
以上で、今回の報告を終わる。