無謀2-3
リビングのソファーの上で抱きしめられ、ブラウスの上から乳房を愛撫された。ボタンを外され、ブラジャーをずらし、直にもみほぐされた。お尻の下ではペニスがごつごつしている。いやでも体の芯が熱くなる。太ももをこすり合わせるだけでヌルつきを感じる。この体を知り尽くしている田倉を恨めしく思う。もう抵抗しきれないのも知っている。
タイトスカートに手が伸びてきた。体にピタリと張り付いているので、力を込めてめくり返す。
ストッキングの中に手が進入してきたとき、電話が鳴った。近くに雷が落ちたときのようなショックを感じ、体がスッと冷えた。
我に返り、緩んだ田倉の腕を振り払って立ち上がった。まな板の上でおとなしくなった生魚が突然暴れだしたように、と自分でそう思った。その激しい動きに田倉が唖然とし、不快な表情を見せた。
リビングに置いてあるファックス兼用の電話機が鳴っている。乱れた衣服を繕い、子機を取って電話に出ると『家にいたんだね』と夫の声が聞こえた。座ったまま、こわばった表情でこちらを見ている田倉にチラッと視線を送りすぐに背を向けた。
『ケータイにかけたんだけど、出ないからこっちに電話したんだよ』
「そうだったの、ごめんなさい」
田倉の訪問にうろたえ、二階にハンドバッグを置き忘れていることに気付いた。
『いや、いいんだけどさ。まあ何とか無事に着きました』
夫の笑顔を想像して「よかった」と小声で言った。「ちょっと待ってください」と言って保留を押し、振り返らずに廊下に出た。心臓がドキドキしている。怖い顔をした田倉の顔を見たくなかった。涙に濡れた顔も見られたくないから。ハンドバッグを取りに行くため二階へ向かった。
『こっちはやっぱり温かいね。服をあんなに詰め込まなくてもよかったみたい』
そう言って夫は笑った。
「でも、夜は寒いかも知れないから」
『そうかなあ……。それよりどうだい? そちらは』
「ええ、なんとか大丈夫です。お昼はちゃんと食べましたか?」
こちらの様子を聞かれるのが辛すぎて話題を変える。
『飛行機の中でね。食事とまではいかないれけど、昨今美味しい食べ物がちゃんとでるんだね。お昼どきだからボリュームもあってさ。飲んで食べて結構おなかいっぱいになっちゃった。最近飛行機乗ってないから、座席にあるスイッチの種類がわからなくて困ったよ、ははは』
別れ際に泣いたせいで気を遣っているのだろう、夫は饒舌だった。声を聞きながら奈津子はさめざめと泣いていた。
『恵から連絡は? あるわけないか。恵のことだから、向こうできっとはしゃいでいるんだろうな』
咽び泣く声を聞かせまいと、受話器を手で覆う。
「そうね……」
何とか声に出してすぐに手で覆う。その後も一方的に話す夫に相槌を打つことしかできなかった。
「じゃあ、これからあちらさんに顔を出してこないと」としめくくる声に「お食事ちゃんと食べてください。わたしの方は大丈夫ですから、無理しないで」と言った。できれば電話をしてこないで欲しい、と仄めかしているようで切ったあと気持ちが沈んだ。
行かなくてもよい出張を命じられた夫が気の毒であり、それを命令した田倉に憤りを覚えた。そんな内情を知っている自分があまりに悲しい。
階下へ戻るのが恐かった。腕を振り払って部屋から出て行ったことが田倉のプライドを傷つけたに違いない。
同じ姿勢でソファーに座っている田倉に思わず「すみません」と謝ったあと理由を探して耳が熱くなった。持ってきたハンドバッグを床に置いた。田倉の視線はずっと感じている。スカート上からお尻ばかりを愛撫されたことを思い出し、もっと耳が熱くなる。
田倉の視線が胸元に向いた。ブラウスのボタンが元通りになっているのを見たのだ。再び田倉に抱かれるのだろうか。そう思いながら、床に置いたハンドバッグの横にしゃがみ込んで俯いていた。しばらくそんな状態が続いた。
のそりと田倉が立ち上がるのが視界に入った。身構えていると、コンビニで買ったと思われるサンドイッチをバッグから取り出して「お昼もずいぶん過ぎてしまいましたがどうぞ」と言って手渡された。柔和な表情の田倉を見上げ「すみません」と言って押しいただく。立ち上がって、ダイニングキッチンに向かう。冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。テーブルに座るよう勧め、田倉に差し出した。健啖ぶりを発揮する田倉に比べ、奈津子は口を付けただけだった。足りないと思い、料理を作る準備をすると「たくさん買ったので結構です」と田倉に止められた。
後片付けをする後ろ姿を見つめられているのは分かっている。田倉はいつだってお尻を褒める。そう思うと、わざと見せつけているような気がして落ち着かない。
沈黙が続く。
この場にふさわしくないミルの音が鳴り響いた。奈津子はこのブレンドの香りが好きだ。今はそんな気分でないが、田倉のために煎れた。甘いクッキーとチョコレートを添えて、「子供だましですが」と、顔を伏せるようにして差し出した。「すみません」と言って奈津子の顔を覗き込むようにして、田倉は小さく会釈を返す。
「洗濯物が溜まっていますので」
リビングから出て行こうとしたときに「泣いたのですね」と声をかけられた。一瞬足を止めたが、そのまま出て行った。