夢しんリャク-7
なな
道を歩いている。
通い慣れた帰り道。どんどん歩いて、やがて私の住むアパートに辿り着く。
下から、私の部屋を見上げている。
「誰」が?
目が覚めた。脂汗を浮かべた顔を、カーテンのかかったベランダへと――その向こうの外へと向ける。
そのまま部屋を飛び出そうとして、途中の台所でナイフを引っ掴む。自炊なんかしないから、まっさらな刀身が薄暗い室内で鈍く光った。
右手にナイフを握ってドアを開ける。もう部屋の前まで来ている気がしたから、叩きつけるように開け放ってやったが、二階の廊下に人影は無かった。結構な音がしたから、隣はさぞ驚いただろう。まぁ普段遅くまで騒いでやがるんだ、たまにはこっちが騒いでやってもいいだろう――。
そんな思考を並べつつ、目を血走らせて廊下を駆け抜ける。出会いがしらになってもいいようにナイフを高々と突きつけながら、螺旋階段をぐるぐる駆け下りていく。だが「彼」にも、幸い上ってきた住民にもナイフは突き刺さることなく、螺旋階段は終わりを告げた。
アパートの前は、そこそこ車通りもある道だ。とはいえどうやら今は夜中で、辺りは静まり返っている。
素早く左右を見回す。車も人も無い夜道――いや一人だけ。夢の中で、「私」が部屋を見上げていたちょうどその位置に、「彼」が立っていた。
まさか。そんな。――予感めいたものを感じて飛び出してはきたものの、いざそこに「彼」を見ると、口からは声が出ず、手からナイフが滑り落ちた。カシャンと、金属がアスファルトを叩く乾いた音が、やけに大きく響いた気がした。
その音に気づいて、「彼」がゆらりとこちらを振り向く。
全く、知らない顔だった。
でも「彼」は、まるで旧知の仲だとでも言わんばかりに、次の瞬間まっすぐこちらに向かってきた。
一歩後ずさる――まるで敵意の無い、ゆったりした足どりのせいなのか、私はそれ以上逃げることもできずに、近づいてくる「彼」の足を見つめつづける。
汚れで黒ずみ、ところどころ破れてすらいるボロボロのスニーカー。暗い夜道でもそのディテールが分かる距離にまで「彼」が来た時、私は堪らず顔を上げた。
「彼」は、笑顔だった。
冷笑でも嘲笑でも哄笑でもなく、ましてや気違いじみたものでもない。なにか大変な重圧から解き放たれたような、心からの安らかな笑顔。脳に、チクリと電流が走った。
そしてそのまま、「彼」は私の脇を通り過ぎて、飛び出してきた数人の警官に取り押さえられた。私は慌ててナイフを拾い、部屋に戻って頭から布団を被って震えていた。