夢しんリャク-5
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「…ありがとうございました。」
そう言って、彼は診察室を出て行った。今日はOLを追い駆け回して首を刎ねた話と、走り屋のヤンキーを峠で撥ね飛ばした話と、ゴミ捨て場で寝ていた酔っ払いを、文字通り‘生ゴミ’にした話だったか。
「ふぅ・・・。」
さすがに溜息が出る。患者の世迷言は聞き慣れているが、彼ほど意味不明で、そのくせ筋の通ったものは聞いたことがない。――いや果たして、本当に‘世迷言’なのか。
机の引き出しから地図を出す。日本のとある地方を描いた何の変哲もない白地図だが、ところどころに印が付けてある。彼の診察は午前の最後にしてあるから、次の患者が来る心配はない。
最初に気付いたのは先々週だった。その時の「彼」は、どこかの繁華街でサラリーマンを殺していた。そして冗談交じりに、その夢の中で実在のランドマークを見たと言った。
その時は聞き流したが、後々気になって調べてみた。すると、彼が夢を見ていたちょうどその夜に、そのランドマークのふもとで、実際にサラリーマンの失踪事件が起こっていた。(夢の中では、彼は「殺した」と証言したのだが。)
それから私は、「彼」が夢で起こす事件と現実のそれとを密かに照合している。慣れたもので、最近では彼が帰った直後に、地図上に場所をマーキングできるようになった。
OL失踪事件は、隣のR県で起こっている。ヤンキーの失踪は、U県とR県の境にある、走り屋の間ではちょっと有名な峠道で、‘4日前’に起こった。そして酔っ払いの事件は、ここU県で‘2日前’に起こったものだ。
新たに増えた3件をマーキングし終えて、私は地図を見下ろす。そこには、あり得べからざる一種の‘模様’が浮き上がっている。
――彼から聞いた‘犯行’の様子と、被害者全員が失踪後‘何事もなかったように’帰ってくる点、そしてどの事件もいまだ犯人が捕まっていないという点を除けば、一連の事件は、私が空想を逞しくして結び付けているだけかもしれない。そもそもが精神を病んだ人間の、夢の話なのだ。
たとえその全てが、ひとつの齟齬もなく事件発生当夜に夢見られているとしても。
そしてその惨劇の現場が、徐々に‘彼に近付いてきている’としても。